その87の4『お買い物の話』
たくさんたくさん買い込んで、もう荷車はいっぱいいっぱいです。にゃむにゃむさんも少しスピードをゆるめながら、ゆっくりと車輪を転がしていました。とても町は広いようで、歩いているとまた知らない場所に出ました。亜理紗ちゃんたちは荷車のあとをついていきます。
「ちーちゃん。にゃむにゃむさんは、今から旅に出るのかな?」
「じゃあ、お見送りして私たちも帰ろう」
帰りが遅くなってしまうといけないので、お見送りだけはしようと決めました。でも、道を進むにつれて人通りは増えていきます。草原へと続く門も素通りし、にゃむにゃむさんは別の場所へと向かって歩みを進めています。道に見覚えのあるものを見つけ、亜理紗ちゃんはネコの町の入り口を見つけました。
「……ちーちゃん。あれ、入り口だ」
結局、にゃむにゃむさんは町へ入ってきた場所まで戻ってきました。ここから町を出ていくのではないかと見ていましたが、荷車は建物と建物の間の道へと入っていきます。2人も体を横にして進み、裏路地へと抜けました。
大きな木の陰、裏の道には平屋があって、古い家なのか壁や屋根には草が絡みついています。その入り口付近に荷車を置くと、にゃむにゃむさんは買ったタイコを持って中に入っていきました。
窓が小さくて中は見えません。建物自体も夕食を食べるテーブルくらいしか大きさはなくて、2人は中に入れそうにありません。ただ、にゃむにゃむさんは建物から出てきては、買ってきたものを持って中へ入っていきます。荷車の中でくつろいでいるお魚は、ドアの横にある水がめに今日はお泊りです。
「……あ。おうちなのかもしれない」
「おうち?」
「仕事が終わって帰ってきたのかな」
買ってきたものを次々と運び込んでいくので、亜理紗ちゃんはにゃむにゃむさんが家に帰ってきたのだと気づきました。とすれば、もう今日のお買い物もおしまいです。にゃむにゃむさんが次に家から出てきたらお別れをしようと、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんはにゃむにゃむさんを待っていました。
「にゃむにゃむにゃむ……」
開きっぱなしにしているドアを通って、にゃむにゃむさんが出てきました。そして、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんの視線に気づくと顔を上げ、毛で隠れた目で2人を見上げます。荷車から落ちた木の実を拾って渡しながら、亜理紗ちゃんはにゃむにゃむさんにお別れを告げました。
「私たち、帰ります」
「ありがとうございました」
一度だけ果実を見て、それをにゃむにゃむさんは亜理紗ちゃんに返しました。果物をもらい受け、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの顔へと視線を移します。
「……?」
「くれるのかな?」
「にゃむにゃむ……」
お土産はツルツルした赤い果物です。それを見ている内、知恵ちゃんの足元を何かが通り抜けていきました。その肌触りに、2人は視線を落としました。
「そりとっと。ろんろ。にゃむにゃむ」
「にゃむにゃむ……」
黒いネコさんが、にゃむにゃむさんの家にやってきたようです。弦の張られた道具を背中に担いでいて、するとにゃむにゃむさんも買ってきたタイコを黒いネコさんに見せました。
「るーべしさ。にゃむにゃむ」
「にゃむにゃむ……」
「くるくろぽ。にゃむにゃむ」
「にゃむにゃむにゃむ……」
黒いネコさんに続いて、今度はハーモニカのような道具を持った白いネコさんがやってきます。それからも、続々と楽器を持ったネコさんが家を訪れ、にゃむにゃむさんにアイサツをして家へと入っていきました。3人……4人……5人。次第に家の中には人が集まっていき、にゃむにゃむさんは亜理紗ちゃんたちに向けて耳をピクピクさせて見せてから、自分も家に入っていきました。
「……?」
家の中からポンポンと、タイコの音が聞こえてきました。タイコのリズムにあわせて、弦楽器をはじく音がメロディを作ります。1つ2つと、他の楽器の音も増えていきます、楽器の演奏会が始まり、同時に家の中からは話し声や食器の音なども聞こえてきました。
「アリサちゃん。中でパーティしてる」
「これの買い物だったのか」
たくさんの買い物は、人を集めてパーティをするためのものでした。楽しそうな様子と演奏を耳にしながら、亜理紗ちゃんはおみやげにもらった果物を見つめます。
「ちーちゃん。なにかお返しできないかな?」
「お返しって?」
「今日のお礼」
そうは言っても、亜理紗ちゃんが持っている物といえば、駄菓子屋さんで買ったアメのヒモくらいです。亜理紗ちゃんはにゃむにゃむさんの荷車に取り付けてあるホロのヒモが、くたびれてボロボロになっているのを見つけました。アメについていたヒモを服で拭き、キレイなところだけ切ってからホロの穴へと差し込んで追加します。
「ちーちゃん。これ結んで」
「うん」
ヒモを結ぶのに自信がないので、代わりに知恵ちゃんがヒモに結び目をつけてあげます。これでしばらくは、ホロが外れてしまう心配もありません。
「私も、何かしたい」
「どうするの?」
知恵ちゃんが持っているのは、ピカピカしたシールです。これをあげても、にゃむにゃむさんは喜びそうにはありません。でも、にゃむにゃむさんの家の壁に、ひび割れがある事に亜理紗ちゃんは気づきました。
「ちーちゃん。シール、やぶっていい?」
「いいけど」
壁が割れていては、中に風が入ってしまいます。なので、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんからシールを小さくやぶって、穴がある場所へと貼りました。ツルツルしているので水にも丈夫です。でも、ホロや家の補修は2人が勝手にやったことなので、感謝が相手に伝わるかは解りません。それを知恵ちゃんは心配しています。
「よろこんでくれるかな。迷惑だったかな……」
「どうだろう」
ちょうど、にゃむにゃむさんが食べ物を取りに家から出てきました。荷車から果物を取り出しつつ、ホロに結んであるヒモにも気がつきました。壁に貼ってあるシールも見えています。
「……にゃむにゃむにゃむ」
そう言って、にゃむにゃむさんは2人に頭を下げていました。その時になって2人は、にゃむにゃむの意味が解ったように思えました。
「にゃむにゃむ」
「にゃむにゃむ……」
お礼の言葉を返して、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは大通りへと戻りました。空は太陽の位置を変えており、木漏れ日は斜めに差し込んでいます。くいを打って簡単に作られただけの出入り口を通って、2人はネコさんの町をあとにしました。
「ちーちゃん。私たち、どれくらい、あっちにいたかな?」
「でも、30分はいなかったと思う」
次第にクツは砂利を踏んで、道の先には白い光が見えてきました。においも木や土特有のものがうすれて、さっぱりとしたキレイな空気に入れ替わります。パッと視界が白みがかり、気づくと2人は見慣れた近所の通りに立っていました。
「……あれ?アリサちゃん。果物は?」
「……ない」
にゃむにゃむさんにもらった赤い果物が、亜理紗ちゃんの手から消えていました。あの町は幻だったのでしょうか。振り返っても、もう道の先には緑がかった町の景色はありません。
亜理紗ちゃんは自分の手のひらを見つめて、果実の大きさや色を思い出します。そして、手を顔に近づけて、その香りを確かめてみました。すぐに顔をしかめて、その手を知恵ちゃんの顔の前に差し出しました。疑問の表情でにおいをかいで、知恵ちゃんは少し嬉しそうな様子で言いました。
「ちょっと、にがいにおいがする……」
その88へ続く






