その14の1『嵐の話』
「今晩から明日にかけて台風がきます。雨が降る前に早くお家へ帰るように」
学校での帰りの会で、先生は生徒たちに台風の注意を呼び掛けていました。その言葉とは裏腹に学校の窓には雲の一つも見えず、これから台風がくる気配など全くありません。そのため、生徒たちは半信半疑の様子で帰り支度をしています。
「知恵。台風ってホントにくるのかな?」
「先生が言ってたからくると思うけど」
「チエきち!危ないから、今日は早く帰らないとダメだからね!ちゃんとそうしてね!」
教室の前で桜ちゃんや知恵ちゃんが立ち話をしていると、通りすがりに凛ちゃんが知恵ちゃんのランドセルを叩きながら声をかけてきました。いつも凛ちゃんは友達がいる時は知恵ちゃんに話しかけてこないので、むしろ桜ちゃんと百合ちゃんの方が少しビックリしていました。
「ちーちゃん。かえろう!」
その内、別のクラスから亜理紗ちゃんがやってきたので、知恵ちゃんたちは学校の玄関先まで一緒に歩きました。学校の前で桜ちゃんや百合ちゃんと別れると、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは家路をたどり始めました。
2人は広い歩道を歩きながら、遠くまで続いている空を見上げています。真上には青空が広がっていますが、街並みの向こうには、ぼうっと灰色の雲が広がっています。街には生徒たち以外に人影も少なく、どこか普段とは違う静けさが漂っています。
「お母さん。なにしてるの?」
「家にプランター入れるの。台風くるからね」
亜理紗ちゃんのお母さんは家の前で台風に向けての対策をしており、いくつかある鉢植えを玄関の中へと運び込んでいました。知恵ちゃんも亜理紗ちゃんも傘は使わずに家へ帰ってこられましたが、すでに黒い雲は家に近い場所まで迫っています。その黒い雲を見ながら、亜理紗ちゃんは何か探すように言いました。
「ちーちゃん。台風の口ってどこなの?」
「口?」
「静江ちゃんが、台風には目があるって言ってた」
知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは遠くの雲に顔を探してみますが、目や口のようなものは見当たりません。そこで、亜理紗ちゃんは台風の顔についてお母さんに質問しました。
「お母さん。台風の目って、どこにあるの?」
「真ん中の辺り」
「口は?」
「口は知らない……ほら、風が強くなってきたから、中に入りなさい」
「……じゃあね。ちーちゃん」
家へと入るように言われ、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに手を振ってお別れをします。そこへ、亜理紗ちゃんのお父さんが乗っている車も家へと帰ってきました。知恵ちゃんも少しだけ家の隙間から遠くの空をながめたあと、雲から逃げるように自分の家へと入っていきました。
「知恵。雨は降ってた?」
「まだ降ってない」
お母さんに天気のことを聞かれ、知恵ちゃんは窓の外を確認してから答えます。知恵ちゃんのお母さんは晩ご飯の用意をしながら、テレビの音声で台風の状況を確認しています。テレビの画面には日本列島の地図が表示されていて、その上に大きな雲のカタマリが渦巻いています。
「お母さん……台風の目って、どこなの?」
「真ん中のポカンと開いてるところ」
「……口は?」
「それは知らない……」
知恵ちゃんはテレビの画面に映っている台風の雲を観察します。お母さんには知らないと言われましたが、どこか雲の形は歪に散らばっていて、知恵ちゃんは何かと見つめ合うように目を細めました。
その14の2へ続く






