その86の5『やるきの話』
「ちゃんと、ごはん食べたらいいのに」
「じゃあ、食べさせてあげる?」
白い毛玉のような生き物はお腹が鳴らしているのに、一向にご飯を食べません。なので、亜理紗ちゃんは代わりに木の実を取ってあげようかと言っています。木の根っこに登って木の枝でも伸ばせば届きそうですが、そこは知恵ちゃんも心を鬼にしてお断りします。
「こんなに大きいから、ごはんは自分で食べないとダメだと思うの」
「お母さんみたいなことを言う……」
どう見ても白い毛玉は赤ちゃんではなく、毛並みの触り心地も柔らかいなりに芯があります。それに、もう体さえ伸ばせば簡単に木の実へ口が届きます。それなのにお腹ばかり鳴らして、木の実を欲しそうに黒い目を向けていて、でもゴロゴロして食べません。お母さんが近くにいたなら、絶対に叱られてしまうような毛玉です。
「ちーちゃん。またゴロゴロしてる」
「ごろごろして、お腹の音をごまかしてる」
ゆっくりと毛玉は転がって、顔を逆さまにしています。仰向けになりながら、じっと亜理紗ちゃんの顔を見ています。でも、目を開いているのも疲れるのか、また眠るようにして毛玉は目を毛に隠してしまいました。またゴロゴロしています。枝についた木の実を見て、あくびをして、お腹をならしながら、またゴロゴロと体を転がしています。
「これ、手とか足とかあるのかな?」
「……?」
毛玉は草の上を気持ちよさそうにゴロゴロしていますが、手や足のようなものは見当たりません。もしや立ち上がれない生き物なではないかと気になり、亜理紗ちゃんは毛を手でかきわけて手足を探してみました。
「顔が、ここでしょ?じゃあ、きっと手はここだ」
毛を手で押しやって、亜理紗ちゃんがモジャモジャの中に顔を押しつけます。そのまま亜理紗ちゃんの上半身は毛の中に入ってしまい、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんが飲み込まれるのではないかと心配し、亜理紗ちゃんの腰をつかんで命綱の役を果たしていました。しばらくして、亜理紗ちゃんが毛もじゃの中から帰還しました。
「……ちーちゃん」
「……?」
「……あった。手」
「ただのなまけものだ……」
普通に立派な手はありましたし、よく見れば足らしきものも動くたび、わずかに伸びています。ただのなまけものだと解ってしまい、2人はどうしたものかと首をひねっています。考えた結果、亜理紗ちゃんは後押しするようにして毛玉に手をつけました。
「押せばいいんじゃないの?」
「重くない?」
「……あ、ダメだ。全然、動かない」
毛玉は毛量が多いので押しつぶされても痛くありませんでしたが、重さ自体はあるらしく2人で力いっぱいに押しても動きすらしません。毛玉は顔を動かして、2人をじっと見ています。何度も手に力を入れている内に、毛玉はズズッと木の方へ体を動かしました。その動きに気づき、亜理紗ちゃんが顔を上げます。
「あ、動いた」
「やっと食べるのかな?」
観念した様子で、毛玉のような生き物は体を転がして、木に寄りかかっていきます。あとは少し体を立たせれば木の実に届きます。そこまで後押ししたところで、木の上からコロンと何かが落ちてきました。
「あ……」
木の実が2個、枝から落ちて草の上に転がりました。すると毛玉も体を転がして、それに顔を押しつけました。シャリシャリと木の実を食べる音がして、ぐーぐーと鳴っていたお腹の音は鳴りやみました。そして、すぐに寝息が聞こえてきます。毛玉の顔を探し出し、亜理紗ちゃんは生き物が眠ったことを確かめます。
「食べたら寝た」
「結局、自分で取らなかったけど……」
毛玉の空腹が解決してマバタキをすると、もう2人は亜理紗ちゃんの家へと戻って来ていました。最後まで自分で何もしなかった毛玉に呆れながらも、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの家を見て勉強のことを思い出します。
「帰ったら算数か……」
やる気を探しに散歩に出たはずが、やる気のない毛玉のような生き物を見つけてしまいました。勉強のやる気が出ない知恵ちゃんを見て、お腹ばかり鳴らしていた毛玉を思い出しつつ、亜理紗ちゃんは困ったように笑っています。
「ちーちゃん。毛玉みたい」
「え……」
亜理紗ちゃんにからかわれて、ちょっと悔しそうにしながら、知恵ちゃんは家のドアの方へと歩き出しました。
「アリサちゃん……勉強しよう」
「うん」
その87へ続く






