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その86の4『やるきの話』

 「あれ?アリサ。勉強は?」

 「……お散歩してからやっていい?」

 

 知恵ちゃんが家に来てから、まだあまり時間は経っていません。なのに2人が出かけていくので、亜理紗ちゃんのお母さんは不思議そうな顔をして見送りました。


 「ちーちゃん。深呼吸だ」

 「うん」

 「あと背伸び」


 家から出ます。凝り固まった心をほぐすべく、2人は大きく息を吸い込みながら、両手を上げて体をのばします。ちょっとリラックスしたところで、家の周りを歩いてみることにしました。車も来ない閑散とした道路を進みながら、知恵ちゃんはやる気の出し方を亜理紗ちゃんに相談しています。


 「どうしたら、勉強する気になるんだろう」

 「がんばりを分けてもらうとか」

 「誰に?」


 きょろきょろと辺りを見回すと、何か見つけた様子で亜理紗ちゃんはしゃがみ込みました。コンクリートの上にはアリさんがいて、何かのクズらしきものを一生懸命に運んでいます。アリさんのジャマにならないよう道を開けつつ、2人は運搬の作業を見守ります。


 「アリさんだって頑張ってるのに、なんで私は頑張れないんだろう」

 「ちーちゃん……」

 

 頑張っているものを見ると今の知恵ちゃんはナイーブになると解り、アリさんの観察を切り上げました。少し歩いていくと、自動販売機の前を通りかかりました。自販機の上の方の段に見慣れないラベルの飲み物を発見し、ふと亜理紗ちゃんは足を止めます。


 「スーパーエックスエナジーパワー。『ココロのエンジンに火をつけろ』だって」

 「強そう」


 飲み物の名前もキャッチコピーも強気なものであり、小さな缶の割には250円もするので、普通のジュースでないことはすぐに解ります。割り勘で買えないものかと亜理紗ちゃんがお財布を取り出したところ、知恵ちゃんは思い出したように言いました。


 「お父さんが言ってたけど、元気ドリンクを飲んだら頑張れる分、夜に寝れなくなるって」

 「……やめよう」


 恐ろしいものだと判明し、亜理紗ちゃんはお財布をカバンに戻しました。そんな2人の後ろをワンちゃんと飼い主さんが通りかかり、小さなワンちゃんがじゃれるように亜理紗ちゃんへと吠えています。それをなだめるようにして、飼い主さんはワンちゃんを引っ張っていきます。


 「ごめんなさいねぇ。うちのペロが」

 

 ワンちゃんは遊んでほしそうに亜理紗ちゃんを呼んでいましたが、角を曲がると観念して静かになりました。亜理紗ちゃんもワンちゃんに触りたかったようですが、ちょっとかみそうなワンちゃんだったので諦めた様子です。そちらに目を向けたまま歩き出すと、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは柔らかなものに顔をぶつけました。


 「……?」

 

 ビックリして正面を向くと、そこには道をふさぐほどの大きな白い毛玉がありました。周囲の景色もいつしか広い草原へと変わっていて、何歩か後ろに下がると毛玉の全体像が見て取れました。


 「ちーちゃん。なにこれ?」

 「毛玉だ」


 毛玉は知恵ちゃんの家の車よりも大きく、呼吸をするようにしてわずかに動いています。右から見ても左から見ても、大きな丸い毛玉です。手触りは毛布のようで、毛は押してもすぐに元の形へと戻ります。


 「……!」


 突然、ぐーっと低い音が鳴り響きました。亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは顔を見合わせますが、どちらも音は立てていないようです。すると、毛玉の中から黒い2つの目がのぞき、ぬっとウサギのような顔が現れました。


 「アリサちゃん。これ、生き物だ」

 「でっかいウサギだ」


 毛玉から出てきた顔は、近くに生えている木の枝を見上げていました。枝には真っ赤な木の実がなっていて、毛玉もズッズッとすり寄るように木へと近づいていきます。それを見て、先程の音は毛玉のお腹の音だと2人も気がつきました。


 木の真下まで来て、体から頭をぐっと持ち上げます。もう少しで木の実に届く。そこまで頑張って、あと少し体をのばせばといったところで、疲れたように毛玉は体を丸めてしまいました。まだお腹は鳴っています。しかし、木の実が高いところにあるので、体をのばすのを面倒そうにしています。


 「……」


 お腹の音は立て続けに鳴っています。なのですが、毛玉は顔を上に向けるところまで頑張って、また体を丸めてしまいました。それを何度も繰り返しながら、食事をするのを億劫そうにして、お腹の音を鳴らしているのでした。


 「ちーちゃん……なんか面倒がりな毛玉だ」

 「さすがに私も、ごはんを面倒に思ったことはない……」


 自分よりもやる気のない生き物を見つけ、ちょっと知恵ちゃんは元気が出ました。


その86の5へ続く

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