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その86の3『やるきの話』

 「算数か……」


 国語のテストがあった日の放課後、知恵ちゃんは通学路で足を止めつつ、路傍の花に目を向けていました。漢字テストが無事に終わったのも束の間、週明けの月曜日に算数のテストが行われる事実を知らされたのです。立て続けのテストに気持ちが休まらず、知恵ちゃんはテスト勉強にも気力が出ないのです。


 「ちーちゃん。また立ち止まっちゃった」

 「帰ったら算数の勉強があるし……ゆっくり帰ろう」

 「私は早く、お母さんに100点のテスト見せたい」


 亜理紗ちゃんは国語の100点テストを手にしていて、テストに書いてある大きな花丸をながめながら歩いています。担任の先生が違うので知恵ちゃんの100点テストには花丸はありませんが、よくできましたのハンコが代わりに押されていました。


 「うちは100点テストを見せると、50円もらえる」

 「2点で1円だ」

 「ちーちゃん。計算が早い」


 お金の計算だけは早い知恵ちゃんについて、亜理紗ちゃんは感心しています。それからも知恵ちゃんは帰り道、現実逃避をするようにして立ち止まっていました。結局、1人では勉強のやる気も出ないので、今日も2人で協力して算数のテスト勉強をしようと決めました。


 「ランドセル置いたら来てね」

 「うん」


 算数の勉強には道具が色々と入り用で、エンピツ2本と消しゴム1個。定規やコンパス。あとは教科書とノートをカバンに入れて、知恵ちゃんは自分の部屋を出ました。一応、家を出る前にお母さんへと100点テストを差し出したところ、あとで100円くれると約束してくれました。


 「あ、知恵ちゃん。いらっしゃい」

 「こんにちは」


 隣の家のインターホンを押すと、亜理紗ちゃんのお母さんと亜理紗ちゃんが出迎えてくれました。亜理紗ちゃんの部屋に行き、知恵ちゃんもテーブルに勉強道具を並べます。


 「じゃあ、ちーちゃん。わかんないところあったら、教え合おう」

 「う……うん」


 亜理紗ちゃんはテスト範囲に目途をつけると、教科書の問題をノートに書き写し始めました。数式は教科書に書いてある通りに計算すれば、答えだけは簡単に導き出されます。基礎となる式をお手本にしたり、たまに問題の答えを見たりしながら、亜理紗ちゃんは問題を解く練習をしていきます。


 「ねえ、アリサちゃん」

 「なに?」

 「これなんだけど」

 

 知恵ちゃんは分数の問題を指さします。分数は学校の授業でも習ったばかりで、かつ見慣れない形の数式なので知恵ちゃんは解き方を理解していません。なるべく簡単そうな問題を選んで、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんに分数の道理を尋ねました。


 「ここ……なんで、こうなるの?」

 「……なんでだろう」


 知恵ちゃんから疑問を受けると、亜理紗ちゃんも分数の構造に悩んでしまいました。教科書通りに解けば計算の答えだけは出ますが、それが何を意味しているのか。どういったことに使うのか。それが知恵ちゃんにも亜理紗ちゃんにも解りません。


 「……」

 「……」


 2人の勉強の手が止まってしまったところへ、亜理紗ちゃんのお母さんがジュースを持ってきてくれました。ジュースやお菓子を受け取りながらも、知恵ちゃんは分数についてお母さんに尋ねました。


 「ありがとうございます」

 「いえいえ」

 「あの。アリサちゃんのお母さん。分数って、どういう時に使うんですか?」

 「ああ……お母さんも勉強したの昔だから、もう忘れちゃった。ごめんね」


 お母さんでも解らないとなると、がんばって考えても2人では答えが出せません。お母さんが部屋を出ていってからも、しばしジュースを飲みながら教科書をながめていました。10分ほどお勉強の意義について考えた末、亜理紗ちゃんはジュースを飲み干しつつ腰を持ち上げました。


 「ちょっとお散歩に行かない?」

 「うん……」


その86の4へ続く

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