その85の2『五七五の話』
「さとうさん。そんなにてんき。よくないの」
「……まあ、うん」
凛ちゃんの呼んだ句が事実と異なっていたので、知恵ちゃんは五七五を詠みつつも、みんなの判断をあおぎます。凛ちゃんから見ても窓の外は雲が多く、天気がいいとは言い切れません。ですが、先に良い天気だと言い出したのは亜理紗ちゃんなので、責任問題は亜理紗ちゃんへと預けられました。
「でも、このくらいが熱くなくていいと思います」
「たしかに」
亜理紗ちゃんの言い訳が理にかなっていたので、今日はいい天気ということに決まりました。その問答を見て、桜ちゃんが冷やかすように言います。
「知恵。アリサには甘い」
「そうよ!チエきち、私にはキビシイのに!」
「そんなことない……」
凛ちゃんからも苦情が入りましたが、知恵ちゃんはキビシクしている自覚はありません。ただ少し、凛ちゃんのことをからみづらいと思っているだけなのです。知恵ちゃんまで五七五ゲームの順番が終わったので、また1番手の亜理紗ちゃんから始めます。
「ちいちゃん。あまいたべもの。だいすきだ」
「そういえば、知恵は甘いものばっかり食べてるイメージ。太らないけど」
「そんなことない……」
桜ちゃんの思い描くイメージについて否定はしますが、甘いものが好きな点はなんとも言いません。普段の口数が少ない分、みんなは知恵ちゃんについて勝手に想像するしかなく、五七五ゲームは自然な流れで、知恵ちゃんのイメージを語る大会になってしまいます。
「ちえちゃん。いつもねむそう。がんばって」
「ちえはかみ。さらさらしてる。いとみたい」
百合ちゃんから見ると知恵ちゃんは眠そうな子ですし、桜ちゃんは知恵ちゃんの細い髪がうらやましいのです。知恵ちゃんについて語る遊びが始まったのに気づくと、亜理紗ちゃんは落ち着かなそうに、その場で足踏みを始めました。
「はい。次、りんりん。はい」
「な……急かさないでよね!えっと。ちえきちは。わたしばっかり。きびしすぎ」
「さとうさん……べつにきびしく。してないけど」
「ちーちゃん。字余りだ」
知恵ちゃんが普通に反論したところ、五七五として亜理紗ちゃんに認定されました。字余りという聞きなれない言葉が出たので、どういう意味なのか知恵ちゃんは質問します。
「字余り?」
「文字が多かった時は、字余りっていえば許される」
「どういうルールなの……」
「ちょっと!そういうルールは、先に言ってよね!」
「忘れてたの。りんりん、ごめんね」
ただ、字余りが許されるとなると、もう五七五ゲームは五七五ゲームではありません。ただ知恵ちゃん談義をする為だけの場です。やっと自分の番が来たので、亜理紗ちゃんは抑えていた気持ちを口に出しました。
「ちいちゃん。すごいやさしい。あとかわいい。字余り」
「そんなこと。ぜんぜんないし。はずかしい……」
「あとね……たよれるし。かっこいいし。わたしすき」
「いや……」
「これからも。ずっとなかよく。してほしい。字余り」
「……」
知恵ちゃんに伝えたいことが多すぎて、亜理紗ちゃんの番が終わりません。そうこうしていると、亜理紗ちゃんのクラスの友達が後ろから声をかけてきました。
「アリサちゃん。次、教室移動するから、早くした方がいいよ」
「そっか……ううん」
まだ言いたい事はたくあんあるようですが、もう教室へ戻らないと授業の準備に遅れてしまいます。しぶしぶ、亜理紗ちゃんはみんなに手を振ってお別れします。
「ちーちゃん。また帰りにやろうね」
「え……」
まだ他にも自分に良いところがあるのかと、知恵ちゃん本人がビックリしています。亜理紗ちゃんが別の教室へ入っていくのを見届けてから、桜ちゃんたちも自分の教室へと戻り始めました。ゲームの勝敗は決まりませんでしたが、みんなは降参とばかり口をそろえて知恵ちゃんに言います。
「ダメだ。このゲームは勝てない」
「ね~」
「わ……私だって、チエきちのいいところ知ってるのに……ぬぬ」
そよ風のように現れ、嵐のように去っていった亜理紗ちゃんのいた場所を、知恵ちゃんはじっと見つめます。五七五ゲームがゲームとして機能していたのかを気にしつつも、それはともかく顔を真っ赤にしながら、はずかしそうに自分の席へと戻っていきました。
その86へ続く






