その82の2『寄り道の話』
「そろそろ、むいていいかな?」
「いいんじゃない?」
知恵ちゃんの同意を得て、亜理紗ちゃんは赤エンピツのヒモを引きます。赤エンピツの先がむけて、キレイな赤い芯が出てきました。何も言わずに、ちょっと嬉しそうにしながら、亜理紗ちゃんは再び用紙にエンピツを立てました。
「……アリサちゃん。それ、何をかいてるの?」
「イヌの五郎丸」
「……そんな模様だった?」
「……あれ?右だっけ?左だっけ?」
五郎丸とは、学校の近くの家で飼われている犬の名前です。知恵ちゃんも亜理紗ちゃんも五郎丸の犬種などは知りませんが、片方の前足が黒いことだけはおぼえています。ただでも、それが右だったか、左だったかが今現在の論点です。
「右だったと思ったんだけど」
「左じゃなかった?」
亜理紗ちゃんは右足を濃く塗っていて、でも知恵ちゃんは左だったと記憶しています。明日になれば登校の際に確認できるのですが、このままでは気になってお絵かきに集中できません。
「見に行く」
「行くの?今から?」
「うん」
五郎丸が家にいるかは解りませんが、亜理紗ちゃんは今から見に行こうと言い出しました。学校の近くまで出かけてくるとお母さんに声をかけ、2人は亜理紗ちゃんの家を出ます。五郎丸の足の色の他に、どの部分が黒かったかなどを思い出しています。
「ちーちゃん。五郎丸の耳って黒かったっけ?」
「耳は白かったと思うけど。そういえば、なんでアリサちゃん、五郎丸の名前、知ってるの?」
「飼ってるお姉さんに聞いた」
「話しかけたの?」
「うん」
五郎丸がお散歩をしている時、飼い主さんに名前を聞いたので、亜理紗ちゃんは五郎丸の名前を知っているのでした。ほえる犬でもないので、触らせてもらったこともあります。そうして五郎丸のことを話しながら歩いていると、向かいの歩道を大きな犬が歩いていきました。
「……ちーちゃん。クマだ。クマがいる」
「背中に乗れそう」
普段は歩かない時間に通学路を歩いたので、見た事のないワンちゃんと出くわします。ワンちゃんの体長は知恵ちゃんたちの2倍以上もあって、一緒に歩いている飼い主さんよりも大きく見えます。五郎丸の元へ向かっていた足を戻して、亜理紗ちゃんはクマのような犬を追いかけ始めました。
「あれ……五郎丸は?」
「あのワンちゃんをもっと見たいから、ちょっと待って」
五郎丸を見に行くつもりだったはずが、もう亜理紗ちゃんの興味は大きいワンちゃんに移っていました。やや道を外れて、ワンちゃんが入っていった路地へと入ります。知恵ちゃんも亜理紗ちゃんを追って角を曲がります。しかし、そこにはもうワンちゃんはいませんでした。
「あれ……どこ?」
「アリサちゃん……ここ、どこ?」
高い塀の後ろには、ジャングルのような場所が広がっていました。家や電信柱はありません。木には描いたようなシマシマ模様がついていますし、歯車のような形の花も咲いています。どう見ても日本ではありません。2人の後ろには大きな木が生えていて、木の根元にはぽっかりと穴が開いています。
「……」
試しに知恵ちゃんが穴の中へ戻ってみると、ついさっきまでいた住宅地へと続いていました。また曲がり角を曲がってジャングルへと戻ってきた知恵ちゃんに、亜理紗ちゃんは木々の向こうを指さして言いました。
「あっちに、なんかいたんだけど」
「なに?」
「すごい大きい動物」
よく姿は見えませんでしたが、ジャングルの木々に隠れながら、大きな何かが歩いていったようです。知恵ちゃんは元の世界へ戻ろうとしていますが、亜理紗ちゃんはジャングルの奥にいる生き物を見たい様子です。
「ちーちゃん。ちょっとだけ見に行こう」
「五郎丸は?」
「五郎丸は……あとでにする」
その82の3へ続く






