その82の1『寄り道の話』
「ちーちゃん。これ、知ってる?」
「なに?」
今日は知恵ちゃんが亜理紗ちゃんの部屋へと遊びに来ており、亜理紗ちゃんと2人でノートにお絵かきをしています。紙の上に消しゴムのカスが増えてきたのを見て、亜理紗ちゃんは机から小さなオモチャらしきものを持ってきました。
「これ、ゴミの掃除機なんだ」
亜理紗ちゃんの手の中にあるものはプラスチックのケースで、その下側にローラーがついています。ローラーをテーブルにつけてコロコロと転がすと、ケースの中に消しカスが取り込まれていきます。
「それ、新しく買ったの?」
「うん。300円くらいした」
亜理紗ちゃんは文房具が好きなので、面白いものを見つけると、こうして見せてくれる事がしばしばありました。亜理紗ちゃんの机の引き出しには、文房具かオモチャか解らないものが、たくさん入っています。その代償として、亜理紗ちゃんのお財布には、いつもあまりお金が入っていません。
「ちーちゃんのも集めるよ」
消しカスの掃除機を使いたいので、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの消しゴムから出たゴミも掃除していきます。ただ、ケースは大きくないので、すぐに中はいっぱいになってしまいます。
「いっぱいになった……」
亜理紗ちゃんはケースのフタを開いて、消しカスをティッシュの上に出します。やや軽くなった掃除機を再びコロコロします。またケースの中はいっぱいになって、フタを開いて消しカスを取り出します。
「もっと大きければ、たくさん入るのになぁ」
「……こうしたら?」
知恵ちゃんはゴミ箱をテーブルの横まで持ってきて、テーブルの上から消しカスを払い落とせるようにしました。これなら、わざわざ集めなくても消しカスを捨てることができます。でも、それに亜理紗ちゃんは不満そうです。
「それは違うんだよなぁ」
「違うんだ……」
ティッシュの上に出した消しカスを指で押しつぶして、大きなカタマリにします。ゴミを集めることが目的ではなく、亜理紗ちゃんは掃除機や消しカスで遊びたいだけなのです。消しカスを集め終わって、亜理紗ちゃんは絵を描く方へと手を戻しました。
「……そうだ。ちーちゃん。これ、見せたっけ?」
「どれ?」
描いていた絵に色をぬろうとしたところで、亜理紗ちゃんは思い出したように再び立ち上がりました。机のペン立てには赤色のエンピツがあり、でも赤鉛筆の先からはヒモが出ています。
「これ、ヒモを引くとむけるエンピツ」
「前に見たけど、むいたことはない」
「むく?」
亜理紗ちゃんから赤エンピツを借りて、知恵ちゃんは慎重な手つきでヒモを引きました。強く手に力を入れると、気持ちよく外側の部分が引きはがされ、エンピツの中に隠れていた芯が出てきました。
「ありがとう。はい」
「あんまりむくと、芯が出てき過ぎて描きにくくなるんだ」
そう言って、亜理紗ちゃんは赤いエンピツで絵を描き始めました。亜理紗ちゃんは他のエンピツを使わず、一心不乱に赤エンピツを使っていきます。もう、カメさんを描いているはずなのに、それすらも赤エンピツです。あらゆるものの色をごまかしごまかし、なんとかして赤色を使っていきます。
「アリサちゃん……その色でいいの?」
「だって、早くむきたいから……」
すでに亜理紗ちゃんの気持ちは、描く事よりも、むく方に向いています。指先はエンピツのヒモをいじっていて、いまにも引いてしまいたいといった様子です。そんな亜理紗ちゃんを見て、知恵ちゃんは何気なく質問してみました。
「アリサちゃんは……むきたいの?描きたいの?」
「むきたいし、描きたい」
「どっちがいいの?」
「どっちかっていえば、むきたい」
その82の2へ続く






