その77の3『高いところの話』
「ちーちゃん。幽霊じゃなかった。ただの汚れ」
「うん」
恐怖の対象を指で消し去り、これで亜理紗ちゃんも怯えずに夜を迎えることができます。壁には他に目立った汚れや模様もなく、来たばかりなのに2人は目的を達成してしまいました。しかし、知恵ちゃんが家に帰るまでには、まだまだ時間があります。
「じゃあ、ここで遊ぶ?」
「なにして?」
ロフトは広くはありませんが、ものは何も置かれていません。ごろんと寝転がって、亜理紗ちゃんは目の前にある天井をながめています。
「ここ、あったかいから時々、こうして寝てるの」
「そうなんだ」
温かい空気が高いところへ昇っており、ロフトの空気は肌をじんわりと温めます。寝転がってみると床板からも熱が伝わってきて、次第に背中がポカポカとしてきます。目を閉じてリラックスを始めたところ、はしごの下から声が聞こえてきました。
「アリサ。ジュース飲む?」
「うん」
亜理紗ちゃんのお母さんがジュースとお菓子を持ってきてくれたので、亜理紗ちゃんはロフトから降りてドアの近くで受け取ります。お母さんが部屋を出ると、亜理紗ちゃんは飲み物とお菓子の乗ったトレーをテーブルに置き、知恵ちゃんもハシゴを降りてきました。お菓子を前にして座り、それをつまみながら知恵ちゃんはお話を始めます。
「……アリサちゃん」
「……ん?」
「あそこって、私の部屋より高いかな?」
知恵ちゃんはロフトを見つめながら、その高さを亜理紗ちゃんに質問しています。亜理紗ちゃんはロフトに上がり、そこにある小さな窓から外をのぞきます。
「……ちょっとだけ、ちーちゃんの部屋より高いかも」
亜理紗ちゃんの横から、知恵ちゃんもガラス越しに空へ顔を向けます。空に光る一番星にも、わずかに近づいたようですが、知恵ちゃんの部屋から見た時と大差はありません。やや傾いた陽の光の中で、その1点の輝きは揺れずに揺れて、色を変えずに鮮やかで、いまだ目に錯覚を与えています。
「アリサちゃん。あれ、星だよね?」
「星だと思ってたけど、わかんなくなってきた……」
小さなものを真剣に見つめていたら、段々と目が疲れてきました。目元をこすり、知恵ちゃんがロフトへと視線を戻します。すると、何もなかったはずのロフトに、見覚えのないものがあるのを初めて知りました。
「……あれ、なんだろう」
「……?」
知恵ちゃんの声に呼ばれて、亜理紗ちゃんも窓のフチに乗せていた上半身を戻します。亜理紗ちゃんの家のロフトの横の方に、細い階段があります。それは下りのハシゴとは別で、部屋の上に向かって伸びているものです。
「ねえ。この上って、何があるの?」
「……上?」
今、2人のいる場所が屋根裏部屋であって、これより上となると屋根の上です。しかし、屋根まで登る階段なんて、亜理紗ちゃんだって今まで見た事はありません。四つんばいながら階段に近づき、亜理紗ちゃんは階段の先を見上げました。
「……ちょっと行ってみる」
本来ならば空が見えるはずの場所に天井が見えます。亜理紗ちゃんは手足を使って階段を上がり、上の階へと身をのりだしました。
「ちーちゃん。来て」
「……」
亜理紗ちゃんに手招きされて、知恵ちゃんも怖々と階段をのぼっていきます。階段の先には空の明るさもなく、そっと知恵ちゃんは階段の上へ頭を出しました。
「……?」
そこには、空もありません。屋根の上でもありません。屋根裏部屋の上には、また同じ広さ、同じ内装の屋根裏部屋が作られていました。
その77の4へ続く






