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その75の3『磁石の話』

 知恵ちゃんが亜理紗ちゃんに胸を押しつけ、やわらかなほっぺとほっぺもくっついてしまいます。はずかしくて、もう知恵ちゃんは顔が真っ赤です。離れなければと思えば思うほど、なぜかより体は近づいてしまいます。


 「ちーちゃん……プロレスごっこ?」

 「ちがうけど……あああああ」


 亜理紗ちゃんの高い体温に馴染んでくると、ぴったりと密着していた体にスキマができました。それを見計らって、知恵ちゃんは体を引きます。そのまま壁際まで退散して、顔を押さえながら後ろを向いてうずくまります。


 「……はぁ」

 「ちーちゃん。大丈夫?」

 「う……うん」


 そうして優しく声をかけられると、また自然と体が引かれて、意思とは関係なく亜理紗ちゃんの方へと足が動いてしまいます。きっと首から下げている石のせいに違いないと、知恵ちゃんは首に掛かっている金色の石へ手をかけました。


 「もう取っちゃうの?ちーちゃん」

 「……」


 かけてあげたばかりのネックレスを知恵ちゃんが取ろうとするので、亜理紗ちゃんは心配そうに知恵ちゃんへ尋ねました。


 「それ、イヤだった?」

 「……いや、ううん」


 亜理紗ちゃんの上目遣いから目をそらし、関係ない方へと顔をそむけるものの、また知恵ちゃんはふとして亜理紗ちゃんをギュッと抱きしめてしまいました。そして、一言だけ気持ちを伝えて体を離しました。


 「い……イヤじゃ……ないんだけど」

 「そうなの?」


 そうは言いつつも、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんからできるだけ離れ、体を動かすまいと窓際のカーテンをつかんでいました。涙目で顔を赤くしている知恵ちゃんを見て、亜理紗ちゃんは心配そうに声をかけます。


 「ちーちゃん……カゼ?顔が赤いよ?」

 「カゼじゃないよ」

 「具合が悪いなら、もう帰るけど」

 

 今日はシフォンケーキを食べて、磁石を借りて遊んで、でも1時間もたっていません。知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと一緒にいたいので、まだ帰ってほしくはありません。そう考えたら、また体が勝手に動いてしまいます。ベッドのはしに座っている亜理紗ちゃんへ寄りかかり、そのまま2人はゴロンとベッドに寝転びました。


 「なんか……ちーちゃん。今日は変」

 「……」


 ネックレスは2人ともつけていますが、亜理紗ちゃんには特に変化は見られません。知恵ちゃんの体ばかりが火照ってしまって、それを恥ずかしく思えば思うほど、亜理紗ちゃんの体から離れることができません。


 「ちーちゃん……もしかして」

 「……ひゃあああ」

 「……」


 このままだと、どうして石が反応してしまうのか、亜理紗ちゃんにバレてしまいます。ふるふると震える知恵ちゃんの肩を亜理紗ちゃんはつかんで、少しだけ知恵ちゃんの体を引き離しました。


 「……はい。ちーちゃん」

 「……?」


 亜理紗ちゃんの手にはネックレスがあり、それは知恵ちゃんの首から下がっていたものです。すると、逃げ場のなかった気持ちが解放されて、ぴったりとくっついていた胸と胸が、節度をもって離れます。安心した面持ちで大きく息を吐き、そのまま知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの横に転がりました。


 「……助かった」

 「この石のせいで、くっついちゃってたのかな?」


 亜理紗ちゃんがネックレスにした石を天井へかかげると、石の穴へと通したリボンだけを残して石は消えてしまいました。自分の胸にある石が消えたのも確認し、亜理紗ちゃんはベッドから体を起こしました。


 「なんか、ごめんね。ちーちゃん」

 「ううん」


 石が消えて、もう亜理紗ちゃんに近づく理由はありません。まだ知恵ちゃんは赤い顔をかくしていましたし、悪いことをしてしまったとばかりに、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの顔をのぞいていました。知恵ちゃんの顔を見るのは諦めて顔を上げ、亜理紗ちゃんは手にした磁石と磁石を近づけて遊び始めました。


 「でも……なんで、ちーちゃんの石は……私にくっついたのかな?」

 「……さあ」


 ふと、裏返しにした磁石が、他の磁石にくっつきます。それを見ながら、亜理紗ちゃんは小さくつぶやきました。


 「……不思議だなぁ」


その76へ続く

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