その74の2『大スクープの話』
それからも亜理紗ちゃんはボードゲームに集中しつつ、たまに思い出してはモノクロな異世界をながめていました。今日は珍しく知恵ちゃんがゲームで勝ち、くやしそうながらに亜理紗ちゃんがゲームの片付けをしています。
「負けてしまったか……」
「アリサちゃん……あっちに気持ちが向いてるし……」
押し入れの中に広がっている異世界は白黒の濃淡をうねらせてはいるものの、音が聞こえてくる訳でもなく、明確に物体が見えるでもなく、ただそこに変な空間があるだけです。家へ帰る前の数分、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと肩を並べて、じっとフスマの隙間を見張っていました。
「……そうだ」
「……?」
その内、何も告げずに亜理紗ちゃんは部屋を出ていき、また小走りに知恵ちゃんの横へと戻ってきました。亜理紗ちゃんの手にはデジタルカメラが握られていて、試しに1枚だけ異世界を撮影してみます。
「ちゃんと撮れた」
「どれ?」
カメラについている液晶画面で写真を確認してみましたが、ピタリと動きの止まった異世界の風景は更に味気なく、もはやコンクリートの壁にしか見えません。しかし、何か変化があれば写真に残せる。その事実だけが亜理紗ちゃんには重要です。
「私、何か出ないか見てるから、写真に撮れたら見せてあげるね」
「うん。がんばって」
そう約束をして、知恵ちゃんは自分の家へと帰りました。知恵ちゃんの部屋に置いてある紫の石が淡い光を持っており、まだ亜理紗ちゃんの家に出現した異世界が健在であると解ります。夕ご飯を食べて、お風呂に入って、就寝する頃になっても、まだ紫の石は光っています。
「……」
部屋の電気を消して、天井に映る石の光を見ながら眠りにつきました。翌朝、学校へ向かうにあたって亜理紗ちゃんが迎えに来るのですが、その顔は少し眠そうでハツラツとはしておらず、異世界観察の成果だって聞くまでもありません。
「まだ、あれ部屋に残ってるの?」
「まだ部屋にある。1回、また音はしたんだけど……」
「音だけ?」
「音だけ」
学校へ到着し、自分の教室のドアを横に引けば、あの異世界が待っているような気がして、知恵ちゃんは少し身構えしています。でも、開けば普通の教室が待っているだけです。ただ、今日の空はすき間もなく曇っていて、どことなく亜理紗ちゃんの部屋の異世界に似ています。
「ちーちゃん。あの変な世界、まだあるかな?」
「さすがにないんじゃないの?」
学校から帰り、今日も亜理紗ちゃんの部屋へ遊びに行きます。部屋へ入ると亜理紗ちゃんは真っ先に押し入れを開き、異世界が残っていることを確かめました。その光景も全く変わらず、手で触れてみても入ることは叶いません。つまらない色の流れだけを2人に見せています。
「今日は変な世界に、ちょっかいを出していきます」
「ちょっかい?」
「これ」
亜理紗ちゃんは知恵ちゃんをカメラ係に任命し、自分は机の横から黄色い何かを持ち出しました。スイッチを入れます。大きな懐中電灯の先から、レーザービームのような広い光線が発されます。
「これで照らしてみる」
「おお……」
ライトの光を異世界へ向けます。
「……」
「……」
何も起こりません。光は異世界に吸い込まれますが、景色は白くも黒くもなりません。照らす向きを変えてみても、ただ知恵ちゃんが眩しそうなだけです。
「……でも、まだあるんだ」
「まだあるの?」
まだ作戦は残っています。亜理紗ちゃんは部屋に置いてある扇風機を異世界に向けて、最も風速の強いボタンを押しました。ブオンと大きな音を立てて、机のノートがはためくほどの強風を異世界に送ります。
「……」
「……」
何も変化はありません。万策尽きて、亜理紗ちゃんは扇風機をストップさせました。
「ちーちゃん。なんかマンガ読む?」
「うん……」
その74の3へ続く






