その73の5『楽器の話』
翌日の朝、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんを迎えに家へと訪れ、2人で学校へ向けて歩き始めました。その中でも、亜理紗ちゃんは昨日のレコードの歌を小さく口ずさんでいます。
「……ちーちゃん。これであってるかな?」
「たぶん」
学校についてからも、知恵ちゃんは授業を受けながら、歌のリズムを頭の中に残しています。ずっと考え事をしている様子の知恵ちゃんを見て、桜ちゃんは何をしているのかと疑問を向けています。
「知恵。なんか考えているの?」
「アリサちゃんの家で聞いた歌を忘れないようにしてるの。今日、帰ってから使うから」
「歌ってればいいんじゃないの?」
「はずかしい……」
授業以外の時間に歌い続けていれば、歌を忘れないでいられるはずです。でも、知恵ちゃんは恥ずかしいので人前では歌いたくありません。声を出しながらリズムを取っている知恵ちゃんに、桜ちゃんが提案します。
「口笛は?」
「口笛?」
「こうするの」
桜ちゃんがクチビルをとがらせてみると、まるで笛のような音が呼吸と共に聞こえてきました。口笛という言葉を聞いたことがありましたが、やってみると難しくて上手く音は出てくれません。桜ちゃんの口笛にあわせて、百合ちゃんも音を出してみます。
「桜ちゃんも百合ちゃんもできるの?」
「うん」
「できるよ~」
口笛を吹けるのはカッコいいので、これはこれで憧れとして、後日に練習してみようと考えました。放課後、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは急いで家に帰り、公園に行く準備をして家を出ました。
「……ちょっと聞いていく?」
「うん」
出かける前に亜理紗ちゃんの家へと寄り、お母さんにお願いしてレコードを聞かせてもらいます。歌を2回だけ聞いて音を確かめ、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは改めて家を出ました。本日は天気もよく、歌を聞いてもらうにはうってつけの日です。でも、亜理紗ちゃんは公園を通り越して、そのまま駄菓子屋さんへと向かいます。
「あれ……お花は?」
「先に楽器を買うの」
駄菓子屋さんから出てきた亜理紗ちゃんは、フエのラムネを1つ、知恵ちゃんに手渡しました。
「ちーちゃん、歌うのは恥ずかしいから、これで吹こう」
「ありがとう」
公園へと戻り、退屈そうに咲いているお花の前にしゃがみ込みました。口にラムネをくわえ、タイミングをはかって、2人は緊張しながらも曲を吹き始めました。
「……」
ラムネのフエなので、リコーダーほどは高い音も低い音も出ません。しかし、レコードで聞いた曲を思い出しながら、一生懸命に吹いています。その音を聞いて、次第にお花も顔を上げてゆきます。
「……!」
亜理紗ちゃんの歌では全く反応がなかったお花たちが、2人のフエの音で体を揺らしています。顔を見合わせた知恵ちゃんと亜理紗ちゃんの耳に、また近所の家からギターの音が聞こえてきました。
誰かが練習している楽器の音。つたなくも奏でるラムネのフエの音。あまり音はあっていませんが、協力してメロディを奏でます。今日のギターは演奏に失敗もなく、キレイに最後まで音が繋がっています。
「……」
曲の最後の音が終わり、ラムネも溶けて鳴らなくなってしまいます。ラムネを口に入れた2人は、お花の反応をじっと見つめていました。
「あ……ちーちゃん」
「……咲いた」
お花は葉を揺らしながら、せまくしていた花びらを大きく開きました。感謝を告げるような、演奏の成功を祝福するような、そんな動きでお花は踊っています。お花の動きを目で追いつつも、2人は立ち上がって、静かにお辞儀を返してみせました。
その74へ続く






