その73の4『楽器の話』
知恵ちゃんのお母さんは公園で聞いた曲を知らないと見て、今度は亜理紗ちゃんの家を訪れました。亜理紗ちゃんのお母さんはリビングで部屋の掃除をしています。
「お母さん。ちょっと聞いて。この歌、知ってる?」
「なに?どうしたの?」
また知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは2人で鼻歌を歌い、ギターが鳴らしていた曲を亜理紗ちゃんのお母さんに伝えました。渋い曲調の歌が小学生の口から出たことに驚きつつも、1分ほど聞いたところでお母さんは察しをつけました。
「あ……ああ。あれじゃない?」
「知ってるの?」
「探してみるから、少し待ってなさい」
亜理紗ちゃんのお母さんは部屋を出ていきますが、待ち切れずに亜理紗ちゃんと知恵ちゃんも後ろをついて行きます。寝室へと入ったお母さんは、顔がかくれる程の大きい紙の入れ物を探して来てくれました。
「なにそれ?」
「音楽のレコード。お父さんの」
知恵ちゃんたちが知っている音楽のディスクといえば、手のひらくらいの大きさで銀色に光っているものです。でも、お母さんが持ってきてくれたものは紙の入れ物に入っている、大きくて真っ黒な円盤でした。2人も寝室へと入れてもらい、レコードがプレイヤーにセットされる姿を物珍しそうにながめています。
「しばらく使ってないから、ちゃんと鳴るかな」
レコードの上にとがったものが乗せられ、そのままレコードは回転を続けます。プツプツと泡の割れるような音が鳴った後、レコードからは奥行き感のある音色が発せられました。
「ちーちゃん。これじゃない?」
「これだ」
アコースティックなギターの音色が、まるで目の前で演奏されているかのように聞こえてきます。そして、その曲は公園で聞こえていた曲に似ています。英語の歌です。偶然に公園で聞いた歌が、亜理紗ちゃんの家で見つかったこと。見た事もない機械と円盤から、それが聞こえてくること。知恵ちゃんは様々なことに興味津々です。
「お母さん。もう1回、聞いていい?」
「いいよ」
次の曲が始まります。でも、1曲目の方をもう一度、お母さんに流してもらいました。レコードの上の針をレコードの外側へ戻せば、また同じ曲が始まります。1回目よりも2回目の方が、耳に馴染んで親しみ深く聞こえます。リズムをおぼえるようにして、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは鼻歌まじりに音楽観賞を続けました。
「……そろそろいい?お母さん。ごはんの支度に行かないと」
「もう1回だけ聞いていい?」
「このまま流していくから、終っても触っちゃダメだよ」
再び、亜理紗ちゃんのお母さんはレコードに乗せた針を動かして、曲が始まったのを確認してから寝室を出ていきました。もう何度も聞いたので、歌詞までは口に出して歌えないにしても、鼻歌では全体的なメロディを奏でられる程度になりました。
「ちーちゃん。おぼえた?」
「結構、覚えた気がする」
曲が終わります。これだけ聞けば十分と、亜理紗ちゃんはスピーカーの前から腰を上げました。曲間の沈黙に、知恵ちゃんも聞き覚えた曲を歌ってみます。そうしている内、レコードの2曲目に入っている歌が流れ始めました。
「じゃあ、ちーちゃん。これ、明日まで憶えておいてちょうだい」
「どうするの?」
「お花に聞いてもらう。雨が降ってなければだけど」
そこで初めて、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんがしたかったことを知りました。ライブは明日、決行と決まります。そんな2人の横で、レコードの2曲目もサビへ入り盛り上がってきます。
「……?」
ふと、亜理紗ちゃんは大きなスピーカーの前にしゃがみこみました。知恵ちゃんもレコードの音に耳を傾けつつ、亜理紗ちゃんに疑問を投げかけます。
「どうしたの?」
「……ちーちゃん。こっちじゃない?」
「……?」
2曲目の曲も、聞けば聞くほど公園で聞いた曲のような気がしてきます。続けて流れ始めた3曲目、これもまた同じ曲のように聞こえます。なお、英語の曲は全て、2人には似たように聞こえてしまいます。
「アリサちゃん。どれかな……」
「う~ん……」
その73の5へ続く






