その73の3『楽器の話』
ギタリストは30分ほど練習を頑張っていましたが、ついに曲の最後までひき終えることなく本日のライブは終了となりました。窓も閉められてしまい、もう楽器の音はかすかにも聞こえてはきません。
「ちーちゃんの代わりに、じゃあ私が歌う」
「歌うの?」
「……しとみとじてー。おもいだすときー。るーるるるー」
亜理紗ちゃんの歌い出した歌はギターの曲とは関係がなく、その聞き覚えのあるメロディに知恵ちゃんも耳を向けました。でも、徐々に亜理紗ちゃんの歌う曲は知恵ちゃんの知らない曲へと変わっていき、最後の方ともなると全く聞いたこともない曲になっていました。
「ダメだ……お花が曲に乗ってくれない」
亜理紗ちゃんは歌の2番まで歌い終えますが、お花はピクリとも動いてはくれません。自分の歌ではダメなのだとして、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに歌唱をお願いします。
「ちーちゃんの歌なら、きっと踊ってくれるんだけど」
「やだよ……はずかしいから」
「やだか……」
ちーちゃんは歌は上手くないので、亜理紗ちゃんの頼みといえども歌おうとはしません。残念そうに亜理紗ちゃんはベンチへ座り直し、カバンから四角いチョコレートを取り出しました。
「これ、チョコにピーナッツが中に入ってる」
「ピーナッツ?」
「ちーちゃん。ピーナッツボールチョコの歌、知ってる?コマーシャルの」
「知ってる」
……亜理紗ちゃんの声にあわせて歌い出そうとしましたが、ここで歌っては思うつぼだと気がついて口をつぐみました。作戦は失敗しましたが、折角なので亜理紗ちゃんは1人でピーナッツチョコボールの歌を歌います。今度もなぜか、最後の方になるとココアのコマーシャルの歌へと変化しており、こんな歌だっただろうかと知恵ちゃんは頭を混乱させています。
「あっ……ちーちゃん。それ、フエのラムネ?」
「うん」
知恵ちゃんの買ったお菓子の1つに、真ん中に穴の開いているラムネ菓子がありました。それを口にくわえて吹けば、単調ながらもフエのような音を出すことができます。
「……ちーちゃん。1個、交換しない?」
「どれ?」
「フエのラムネと、ミルクのチョコ」
「いいよ」
チョコとラムネを交換し、2人は一緒に口にくわえます。小さな音ですが、ピーピーと音がします。フエの音を聞いても、やっぱりお花は反応をくれません。お花はギターの奏でていた曲がお気に入りのようです。
「……そうだ!ちーちゃん。さっきの曲、憶えてる?」
「ピーナッツボールチョコの歌?」
「窓から聞こえてた楽器の曲」
知恵ちゃんが質問に頷いて見せると、亜理紗ちゃんはお菓子をかばんにしまい込んで立ち上がりました。そのまま、知恵ちゃんがゼリーを飲み終えるまで待ち、ちょっと速足で家への道を歩き始めました。
「どうしたの?」
「お母さんたちなら、あの歌を知ってるかもしれない」
知恵ちゃんの家へと入り、知恵ちゃんは公園で聞いた曲をうろおぼえながらお母さんに歌って見せます。曲だけで歌は知らないので、うんうんとうなるような歌声で伝えました。
「知恵……それ、あってるの?」
「うん」
1回では解らなかったので、今度は亜理紗ちゃんも声をあわせて歌ってみました。2度目ともなるとリズムが解ってきたのか、お母さんの困った顔もほころんでいきます。
「もしかして、あれじゃないの?」
「お母さん、知ってるの?」
知恵ちゃんのお母さんはリビングを出ていき、別の部屋から音楽のディスクを持ってきてくれました。それは子ども向けのアニメのディスクで、パッケージには大きく『ねこちゃんまんのテーマ!』と書かれていました。
「これでしょう?」
「……たぶん違う」
その73の4へ続く






