その73の2『楽器の話』
「ちーちゃん。フエのテスト、どうだった?」
「ちゃんと終わった」
放課後になり、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと共に帰路につきました。亜理紗ちゃんは別のクラスでしたが、こちらも今日がリコーダーのテストで、特に不可なくテストは終了した模様です。
「ちーちゃん。テストのお祝いする?」
「お祝い?」
「駄菓子パーティー」
今日の為に亜理紗ちゃんも知恵ちゃんも練習を頑張ってきたので、亜理紗ちゃんはテストが終わったことをささやかながらお祝いしようと発案しました。その話を家に帰ってお母さんにしたところ、それぞれのお母さんから100円ずつもらうことができました。その100円と自分のお小遣いを持って、2人で近所の駄菓子屋さんへ出かけます。
「うち、100円ももらっちゃった。なんでも買えちゃう」
「アリサちゃんのお財布、いくらあるの?」
「50円」
「150円だ……」
亜理紗ちゃんはお財布に50円しか入っていないので、100円を足しても余力はありません。それでも、150円あれば駄菓子屋さんでの買い物には十分です。持ち帰って公園で食べる為、ビニールなどで包装されているものを選んで購入しました。
「ちーちゃんの、それ何味ゼリー?」
「ぶどう」
手を洗ってから公園のベンチへ腰かけ、買ったお菓子をカバンから取り出します。缶ジュースを買うと値段が高いので、吸い出して食べるゼリーで乾杯をしました。それ以外は好きなお菓子を選んで買っており、それを好きに開けて食べます。
「アリサちゃん。今日、チョコばっかり買ったの?」
「チョコの気分なの……んん?なにか聞こえる」
コロコロした四角いチョコレートをたくさん買った亜理紗ちゃんが、どれを食べようかとヒザに乗せてチョコを選んでいます。そんな2人の元に、楽器らしきキレイな音色が届きました。
「なんだろう……」
チョコを口に入れている亜理紗ちゃんの代わりに、知恵ちゃんが立ち上がって音の出どころを探します。公園の付近にある家の2階の窓が開いていて、そこからジャジャンという演奏の音が聞こえました。
「アリサちゃん。あそこだ」
「なんの音?」
「なんだろう」
家の中は見えないので、誰が音を鳴らしているのか、どんな楽器なのかはうかがいしれません。でも、しばらく聞いている内に、亜理紗ちゃんはギターの音なのではないかと察しをつけました。
「よくテレビで音楽家がひいてる、あの長いやつじゃないの?」
「長いやつ?」
「糸みたいなのついてるやつ」
「糸みたいなのついてるやつ……」
ひとまず、ピアノやリコーダーではないと理解し、知恵ちゃんもベンチに座り直しました。ギターの演者は練習をしているようで、同じメロディが何度も聞こえてきます。そこまで上級者でもないのか、たまに外れた音が鳴って、演奏がストップしたりもします。
「……?」
ベンチの近くに咲いている花へ、ふと知恵ちゃんは視線を向けました。色とりどりの花や葉は、右へ左へと揺れており、最初は知恵ちゃんも風に吹かれているのだろうと見ていました。しかし、手元にあるお菓子の包み紙などは全く揺れておらず、知恵ちゃんの長い髪もそよぎすらしません。
「アリサちゃん。おどってる」
「なにが?」
「お花」
亜理紗ちゃんも背筋を伸ばして、ベンチの横にある花壇をながめてみます。おどっていると言われてみれば踊っているようにも見えますし、静かにリズムに乗っているとも見られます。
「楽しそう。私もやる」
お菓子や包み紙をカバンに入れて、亜理紗ちゃんは花壇の前にしゃがみ込みます。聞こえているギターの音色にあわせて、お花も左右に揺れます。亜理紗ちゃんも体を前後に揺すっています。
「……?」
突然、ジャッと的外れな音がして、調子のよかったギターの演奏は中断されました。ノリノリだったお花も、くたっと頭を下げてしまいます。
「ちーちゃん。お花のお客さんが盛り下がった……」
「ライブだ」
再び、2階にある部屋からギターの演奏が聞こえてきます。それを聞いて、お花も元気を取り戻すのですが、今度は数秒でギタリストがミスをし、またまたお花はリズムをくずしてうなだれました。亜理紗ちゃんも動きを止めます。
「……」
「……」
亜理紗ちゃんはベンチに戻ってお菓子を食べ始めます。でも、音楽が再開されると、やっと音が来たとばかりに花壇の前へ戻りました。
「……」
またすぐにギターは失敗してしまい、お花も亜理紗ちゃんも動きを止めます。なかなか乗らせてくれないギターに首をひねりつつ、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんにつぶやきました。
「ちーちゃん……」
「……?」
「……歌って」
「……やだ」
その73の3へ続く






