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その72の4『蜃気楼の話』

 亜理紗ちゃんは犯人を見張る刑事のように、校舎の影から顔だけ出して校庭を観察しています。今も校庭の中央には洞窟の入り口が見えているのですが、太陽が雲に隠れてしまうと校庭からは熱が奪われ、その不可思議も一緒に消えてしまいます。


 「ちーちゃん。雲だ」


 ゆっくりと動く雲の影を追いかけて、亜理紗ちゃんは校庭の中央まで駆けていきます。雲の大きな影が地面を泳いで通り過ぎると、再び太陽の光が校庭に満ちていきます。洞窟の入り口が近くに出てくるのではないかと期待して、亜理紗ちゃんは右に左にとキョロキョロしています。


 「……」


 ギラギラとした陽の光を受け、ちょっとずつ体が火照ってきます。周囲の砂や土から熱が上がり、しめっていた空気を乾燥させていきます。でも、目当てのものは一向に姿を現しません。


 「アリサちゃん。あれ」

 「……?」


 亜理紗ちゃんを追いかけて来た知恵ちゃんが、自分たちのいた校舎側を指さします。今度は、そちらに洞窟の穴が現れました。そちらへ足を戻してみますが、その穴もまた風に吹かれるようにして消えてしまいました。どうして洞窟が消えてしまうのか、段々と知恵ちゃんは仕組みが解ってきました。


 「あれ、近づくと見えなくなるんじゃないの?」

 「そういうことだったか」


 校庭の中央に入り口の穴があり、校舎の方にも別の穴がありました。それらを入り口と出口だとすると、その途中には何があるのか。それを亜理紗ちゃんは疑問に思っています。


 「穴と穴の真ん中。ここは?」

 「こっちが入り口で、あっちが出口だったら、どうくつの中なんじゃないの?」

 「そっか!ここが、どうくつだ!」


 立っている場所が洞窟の中だとすれば、きっと夏の暑さも届かないと判断し、2人は水筒を抱きしめてしゃがみこみました。水筒は氷が入っているおかげで冷たく、でも直射日光は肌をちりちりと熱します。


 「……アリサちゃん。すずしくなってきた?」

 「ぜんぜん」


 見えないものはないのと同じだと解り、ここにいても涼しくはならないとして立ち上がりました。すると、知恵ちゃんの心には別の予感が浮かびます。


 「……もしかして、どうくつじゃなかったんじゃないの?」

 「どうくつじゃないの?」


 洞窟の入り口と出口、両方を遠目に見てみようと考え、2人は校外へ出る門の近くまで移動しました。も少し遠くからながめてみても、入り口と出口の間に洞窟は確認できません。


 「ちーちゃん……入り口と出口しかないんだけど」

 「……あれ?」


 じっと見つめていると、洞窟の穴が動いているように感じ、知恵ちゃんは麦わら帽子を取って暑さの中に視線を向けました。空気の揺れとも錯覚しましたが、わずかに穴は開いたり閉じたりしていて、キバらしきものが生えているのも解ります。そして、穴は校庭に全部で6つもありました。


 「あ……アリサちゃん。あれって」

 「怪獣の口だ」


 2人が洞窟だと思っていたものは、大きく広げた怪獣の口でした。トラックほども大きさのある怪獣たちは寝転んだまま口を大きく広げて、暑さを楽しむようにゴロゴロと日向ぼっこをしていました。


 「ちーちゃん。逃げよう」

 「うん」


 近づくと消えてしまうので食べられる心配はありませんでしたが、ここにいては見つかるかもしれないとして、急いで2人は家へと帰りました。学校へ来た時とは別の裏道を通り、自宅のある通りへ到着します。


 「……あ!ちーちゃん、待って」


 知恵ちゃんの前を歩いていた亜理紗ちゃんは立ち止まりました。その後は声も出さずに家の前を指さし、じりじりと後ずさっていきます。知恵ちゃんも亜理紗ちゃんが見つけたものを目の当たりとしました。


 「……あ」


 家の前の道路には洞窟の入り口があり、それはやっぱり怪獣の口でした。怪獣は体を揺らしながら、2人の方へと向かって歩いてきます。逃げようかどうしようかと迷いながら、2人は近くのブロック塀に隠れて様子を見ました。


 「ど……どうしよう。ちーちゃん」

 「……どうしようって言われても」


 怪獣の足音が、すぐ近くまで迫っています。でも、再び2人が怪獣の姿を盗み見た時には、すでに怪獣の大きな体も口も消えていました。もうどこにも怪獣はいないと見て、2人は忍び足で家の前へ向かいます。


 「ちーちゃん……さわれなくてよかったね……」

 「うん」

 

 事なきを得て安心した気持ちと一緒に、冷たい水筒の中身を飲み干します。あおいだ空には大きな雲が広がり、太陽もお休みを始めています。もう今日は、見えないものが見えてくることもなさそうでした。


                                  その73へ続く

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