その71の4『炭酸水の話』
「……」
知恵ちゃんはストローでメロンソーダをかきまぜ、炭酸の泡と氷のキラキラを楽しんでいます。飲み物をストローで吸い込むたび、緑色にそまった氷が水面から顔を出していきます。カランカランとコップに当たる氷の音。亜理紗ちゃんの家の窓際につるしてある風鈴の音。扇風機の音。それらが重なって、耳に優しい夏のメロディとなります。
「ちーちゃん。無人島を作った」
「……?」
亜理紗ちゃんは氷の上に果物の形をしたグミを乗せ、小さな無人島を作っています。見方によっては、果物が流氷に乗って海をただよっているようでもあります。
「はい。知恵ちゃん。どうぞ」
「……?」
亜理紗ちゃんのお母さんが、知恵ちゃんに銀色のスプーンをくれました。知恵ちゃんはスプーンを使ってはいませんでしたが、どうして渡されたのかと不思議そうに亜理紗ちゃんのお母さんの顔を見上げています。
「アイス、食べるでしょ?」
「アイス、食べます」
アイスをくれるのだと解り、知恵ちゃんもスプーンを受け取ってコップに差し込みました。どんなアイスを出してくれるのか見つめていると、亜理紗ちゃんのお母さんは冷凍庫から1人分のカップアイスより何倍も大きな、バケツのような入れ物を取り出しました。
「おお……」
興味津々といった様子で知恵ちゃんは立ち上がり、冷凍庫から出てきた入れ物をのぞいています。キッチンの引き出しからは銀色の器具が取り出され、それを亜理紗ちゃんのお母さんはカシャカシャと動かしながら水で洗っています。その音と動きに見覚えがあり、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんに問いかけました。
「あれって……アイス、すくう道具?」
「うん」
「……アリサちゃんの家、アイス屋さんなの?」
「ちがうけど、なんか家にあるの」
アイスを丸くくりぬくための道具が家にあるのに驚き、知恵ちゃんは使ってみたいとばかりに道具を見つめています。ほとんど飲み終わっているメロンソーダを亜理紗ちゃんは作りなおしていて、あのアイスをどうするのか知恵ちゃんも察しがつきました。急いでメロンソーダを飲むと、知恵ちゃんも亜理紗ちゃんと同じくメロンソーダのおかわりを作っておきます。
「知恵ちゃん。やってみる?」
「やります」
大きな入れ物にはバニラアイスが入っていて、まだ一度も手をつけられてもおらずキレイなまっ平です。そこに知恵ちゃんはアイスをくりぬく道具を当てて、グッと力を入れながら持ち上げました。アイスを亜理紗ちゃんのコップへ運び、ジュースがこぼれないよう、ゆっくりと浮かべてあげます。
「ありがとう。ちーちゃん」
「ちょっと変になっちゃった……」
力がたりなかったのか、アイスは丸くならずに半分になってしまいました。再びアイスをすくいとって、亜理紗ちゃんのメロンソーダのアイスに重ねてあげます。その反省もあって、知恵ちゃんのメロンソーダに乗せたアイスはキレイな丸い形にできあがりました。バニラアイスは氷に囲まれ、窮屈そうに浮かんでいます。
「いただきます」
「いただきます」
すぐに亜理紗ちゃんはストローでアイスを沈めて、キレイな緑色のジュースを白くにごしていきます。知恵ちゃんはお店で出てくるようなクリームソーダを自分で作れたことが嬉しくて、なかなかアイスをくずそうとはしません。
「そうだ……アリサちゃん。グミ、もらっていい?」
「いいよ」
浮かべたアイスをながめている内に思い付き、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんからグミをもらいました。紫色の小さなグミをアイスの上に置いてみます。
「あっ……ちーちゃんの。アイスの島だ」
氷に乗って海を渡っていたグミが、アイスの島へと辿り着きました。でも、アイスはメロンソーダの炭酸に揺られて、ちょっとずつ小さくなっていきます。
「アイスがなくなったら、グミはどうするの?」
「……食べちゃう」
アイスの島から落ちるより先に、知恵ちゃんはグミをアイスごとスプーンですくって口に入れました。そうして、コップの中にあった緑色の海と白い島が、夏の暑さと共に溶けていきます。クリームソーダを全て食べ終わった頃には、肌に浮かんでいた汗も引いていました。氷だけが残されたコップの中を、知恵ちゃんは満足そうに見つめています。
「写真に撮ればよかったな……」
クリームソーダを食べ終わった後で、知恵ちゃんはカメラを持ってくればよかったと気がつきました。でも、もう2杯もメロンソーダを飲んだので、今日はメロンソーダの気持ちが十分です。
「ちーちゃん。はい」
「……?」
メロンソーダの余韻にひたっている知恵ちゃんへ、亜理紗ちゃんは袋の中からメロン味のグミを探して差し出しました。
「また作ろうね」
「……うん」
その72へ続く






