その70の4『氷の話』
雪の下は氷のカタマリになっています。もちろん、かき氷機には入りきりませんし、ハンマーやアイスピックは危ないので、家の人が貸してくれません。それでも、シッポのようなものの根元をなんとかして確認できないかと、あちらこちらの柔らかい雪を取り除いてみます。
「ここも氷だ」
「……ちーちゃん。こっち、ちょっと穴があるよ」
太陽の当たっている場所を掘り起こしながら、亜理紗ちゃんが知恵ちゃんを呼んでいます。そこだけ氷にくぼみがあって、他の部分よりも先へとシャベルが進みます。すぐに氷に行き着いてはしまいましたが、氷の奥には色味がかったものが見え、雪や氷ではない手ごたえもシャベルに伝わりました。
「なんだろ……」
亜理紗ちゃんが氷の表面についた細かな雪を取り払うと、ぼやけながらも透明な氷の中が見えてきます。同時に、削れた氷の中から、ツンととがった石の先端が突き出しているのを知りました。
「……ちーちゃん。石だ」
「石?」
氷から出ている硬い石の周りを重点的に、丸くなっているスコップの持ち手の方を使ってゴリゴリと削り出していきます。亜理紗ちゃんは石らしきものの先をつまんで引っ張り出そうとしますが、頑張って引っ張っても取り出すことができません。
「う~ん……大きい石なのかな……」
「これ……石なの?」
石にしては黄色いような、茶色いような、それに素手で触った質感はザラザラとしています。石は下へ行くにつれて段々と大きくなっており、取り出すのを諦めた亜理紗ちゃんは別の場所へと移動しました。
「あ……こっちにもあるよ」
「……?」
石が生えていた場所から、ちょうど雪山の逆側辺りをほってみると、そこにも同じような石がつき出していました。こちらは、わずかに先端が欠けていましたが、さっきの石と同じように氷の中へと深く根付いています。知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは1つ目の石と、今回の石がある位置を見つめ、2つを線で結んだ中央へと視線を動かしました。
「……アリサちゃん。これ、あれと繋がってるんじゃないの?」
「そっか!真ん中をほってみよう!」
雪山の少し下の方、石と石の間、そこを目掛けて、手やシャベルで掘っていきます。氷には行き当ってしまいましたが、氷の奥にはギザギザとした毛並みのようなものが透けています。その周囲にある雪も退けていくと、何か光沢のあるものが太陽光を反射させました。まぶしくて、2人は目を細めます。
「……あっ!ちーちゃん。目が出てきた!」
「……目?」
氷の中、真っ赤な瞳が片方だけ雪からのぞき、雪山の真ん中あたりにはあるのは黒い鼻のようなものだと解ります。全身は見えていませんが、氷から突き出た石は頭の上にあるので、知恵ちゃんはツノなのではないかと想像しています。
「つのと、目と……下には口がある」
「すごい歯だ」
氷の中に閉じ込められているケモノは頭だけでも知恵ちゃんたちの体より大きく、下向きに伸びるキバは太くて長い形をしています。とても大きな生き物のようで、四足歩行をする犬のような姿と見られます。氷の中に封印されており全く動きませんが、知恵ちゃんが雪に描いた怪獣に近い風貌をしています。
「ちーちゃん……大変だ。庭に怪獣がいた」
「でも、こおってる……」
辿ってきた長いものはケモノのシッポで、手袋をとって触ってみるとピクピクと動いているのが解ります。長いツノとキバを持ち、赤色の目は獲物を狙うように輝いています。危険そうな生き物を発見してしまい、おろおろと亜理紗ちゃんは判断に迷っています。
「どどど……どうしよう」
「どうしようって……ん?」
氷のなかにいるケモノの口元あたりに、緑色の丸いものがあるのを知恵ちゃんは見つけました。それが何かを調べるべく、氷についた雪をはらってみます。丸いものの正体はリンゴほどの大きさの青い果実で、それも1個ではありません。割れたものも含めて、何個も氷の中に入っています。
「アリサちゃん……くだものだ」
「くだもの?」
こんな怖い顔をしているのに果物を食べるのだと解り、2人は改めてケモノの顔をながめてみます。何度も知恵ちゃんと顔を見合わせた後、亜理紗ちゃんは安心した様子で知恵ちゃんに言いました。
「うめておこう」
「うん」
この大きな動物が静かに眠れるよう、取り払った雪を再びはりつけていきます。しっかりとツノの先やシッポまで雪で隠し終えた頃になると、空から降る雪も強まってきました。
「……」
時間はかかりましたが、ケモノを全て雪で覆いつくしました。寒さに鼻をくすぐられて、亜理紗ちゃんがクシャミをしています。
「くっしゅ……」
雪をペタッと氷に貼り付け、ぬれた手袋をこすりながら知恵ちゃんも立ち上がりました。すっかりケモノは雪に包まれています。それをながめている内に家のストーブが恋しくなり、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんへと静かに伝えました。
「……帰ろっか」
「うん」
その71へ続く






