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その67の4『歌の話』

 ちょっと背伸びをして、亜理紗ちゃんは木でできた仕切り板の穴をのぞいてみました。本来ならば穴の先には知恵ちゃんの家が見えるはずなのですが、あるはずのない青色がせまい世界にギュッと収まっています。


 「あれ……穴の向こうに、海がある」

 「そうなの?」


 亜理紗ちゃんに代わってもらって、知恵ちゃんも小さな穴をのぞいてみます。穴から聞こえる音は高音と低音の中間であり、亜理紗ちゃんの言った通り、穴の向こう側には海と水平線がうかがえました。風を取り込むようにして、ぐんぐんと景色は海の上を進んでいきます。


 「ほんとだ」

 「別の穴も海かな?」


 今度はボーッという低い音が出している、大きめの穴に視線を向けます。まゆをしかめて、まじまじと見つめた末、亜理紗ちゃんは穴の向こう側にあるものを知恵ちゃんに伝えました。


 「草なんだけど」

 「草?」


 低い音の出る穴は、どこかの地面近くを映しており、おいしげっている草の緑が風に吹かれて揺れています。では、高い音の出ている穴の中はといえば、遥か空から見下ろした雲のきれっはしがぼやけていました。その穴へ目を向けながら、亜理紗ちゃんは合唱曲を口ずさんでいます。


 「アリサちゃん……ちょっとうまくなった?」

 「今、空を飛びたい気持ちで歌ってる」


 翼が欲しい気持ちを込めて、亜理紗ちゃんは音を奏でる不思議な穴と一緒に、合唱曲を最後まで歌いました。その後、仕切り板の穴から出る音楽、そのお手本なしに1人でも歌ってみます。


 「ちゃんと、うまくなってる」

 「やった!」


 穴から聞こえてくるリコーダーのような音のおかげで、亜理紗ちゃんの歌は格段に上手になりました。亜理紗ちゃんのクラスの合唱曲続いて、仕切り板の穴は知恵ちゃんのクラスの合唱曲を奏でてくれます。知恵ちゃんも歌詞にちなんで、川の気持ちになって歌おうと考え、穴の向こうに川の風景を探します。


 「……川がない」

 「海でいいじゃん」

 「海でいいか……」


 高音から低音、どの穴にある景色を見てみても、川を映したものはありません。なので、海のきらめきを川に例えて、水の雰囲気だけを頼りに歌ってみます。知恵ちゃんの声と穴の奏でる音が重なって、少しずつ気持ちのいいメロディに変わっていきます。


 「ちーちゃんも、うまくなったような気がする」

 「そうかな」


 曲が終わり、知恵ちゃんも1人で歌ってみます。音楽にあわせて歌うと上手に歌えるのですが、自分の声だけを聞きながら歌うと、どうしてか平坦な歌になってしまいます。知恵ちゃんの歌声が自信もなさそうに段々と小さくなる中、後ろから亜理紗ちゃんの声が聞こえてきました。


 「おぼえたの?」

 「もうおぼえたよ」


 1人で歌うと声が震えてしまいますが、2人で歌うと不思議と音が安定してきます。次第に板にあいた穴の演奏も再開され、高音から低音へ、順番に音の数を増やしていきます。すると、声に元気のなかった知恵ちゃんも、最後まで楽しく歌うことができました。


 「……」


 上手に歌えたことに安心感をおぼえ、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんはしゃがみこんで、吹き抜ける風の音、仕切り板の奏でる音をずっと聞いていました。空が赤く染まるにつれて風は弱まり、フェードアウトするように演奏は終了していきました。


 「ちーちゃん。学校でも、上手に歌えそう?」

 「うん」


 庭の仕切り板にあいていた穴も、気づけば消えてなくなっています。演奏してくれた板へと1つお辞儀で頭を下げて、2人は家の正面へと歩き始めました。その途中、知恵ちゃんは少し恥ずかしそうに、横を歩いている亜理紗ちゃんに言いました。


 「アリサちゃん……」

 「なに?」

 「……みんなで歌うと、楽しいね」

 「……うん」


                             その68へ続く

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