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その67の3『歌の話』

 歌のプロが発する伸びやかな歌声に圧倒され、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは呆然としながら窓の外へと視線を逃しました。遠くに生えている木が、風に吹かれて葉を揺らしています。


 「やっぱり、歌手の歌はレベルが違った」

 「でも、歌手だし……」


 知恵ちゃんは歌手になりたい訳ではありませんが、あまりにレベルの違う歌声が耳に入ってしまったせいで、どうしたらいいのか困惑しています。亜理紗ちゃんは歌手の歌は歌手の歌だと割り切り、自分のできる範囲のことを考えています。

 

 「そうだ。ちーちゃんのお母さんって、歌上手?」

 「普通だと思う。アリサちゃんのお母さんは?」

 「なんかね……私、お母さんの子守歌で寝れたことないんだ」

 「……そうなんだ」


 そう言われてしまうと、どんな子守歌なのか知恵ちゃんも聞いてみたい様子でありましたが、まずは自分たちの歌をよくするのが先決だと思い、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんはプリントの歌詞を読み始めました。そうして歌詞に目を通しながら、亜理紗ちゃんは歌詞の意味について知恵ちゃんに相談してみます。


 「歌の気持ちになるのが大事なんじゃないの?」

 「歌の?」


 亜理紗ちゃんのクラスの合唱曲は翼が欲しい人の歌なので、その人の気持ちになって歌えば上手く歌えるのではないかと思いつきます。知恵ちゃんのクラスの合唱曲にちなんで、川の気持ちになって歌うのは難しそうなので、亜理紗ちゃんの方の歌について先に考えてみます。


 「アリサちゃん。翼が欲しい人って、どういう気持ちなの?」

 「えっと……遅刻しそうな人とか」

 「……それで歌ってみる?」

 「うん」


 遅刻の間際に急ぐあまり、翼を欲しがっている人のイメージ。それを思い描きつつも、亜理紗ちゃんは通して曲を歌ってみます。わざと大きく呼吸をしながら歌唱する亜理紗ちゃんを見て、知恵ちゃんは耐え切れずに笑い声を出しました。


 「……ふふ」

 「笑われてしまった……」

 「ごめん……」


 歌の練習に行き詰った2人の耳に、笛のような長く細い音が聞こえてきました。どこから聞こえてくるのか、知恵ちゃんは部屋の中を見回しています。


 「なんだろう」

 「……ちーちゃん。外じゃない?」


 窓ガラスに耳を近づけてみると、笛の音色が家の外から届いているのが解りました。音は高いものと低いもの、いくつもの音が重なって、まるでメロディを奏でているようです。亜理紗ちゃんが外へ行ってみようとうながし、知恵ちゃんも部屋のトビラを開きました。


 クツをはいて玄関から出たのち、2人は音に導かれるようにして亜理紗ちゃんの家の庭へと足を進めました。徐々に大きくなるメロディの出どころを探り、亜理紗ちゃんは庭の芝生を見下ろしています。


 「アリサちゃん。これじゃない?」

 「どれ?」


 亜理紗ちゃんの家の庭には、木でできたオシャレな仕切り板が立てられています。その板の一部には大きさの違う穴が幾つかあいていて、そこから笛のような音が出ているのに知恵ちゃんは気づきました。


 「……」


 ヒュッと風が吹き抜け、すると仕切り板の穴から再びメロディが流れ出しました。それはどこか、亜理紗ちゃんが歌っていた合唱曲に似ています。


 「……」


 亜理紗ちゃんが穴に指を押し当てて、風の通り道をふさいでみます。メロディの高い音だけが聞こえなくなり、やや曲は味気ないものになります。そうして遊んでいると、指でふさいでいる小さな穴から、急にボッと変な音が聞こえてきました。


 「……穴がむせた」

 「アリサちゃん……いじめないであげて」


                              その67の4へ続く

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