その11の5『怪獣ごっこの話』
朝になり、亜理紗ちゃんが知恵ちゃんを家まで迎えにやって来ました。自然と話題は窓際に置いたぬいぐるみの話となり、ぬいぐるみの横に盆栽を置いた訳を知恵ちゃんは尋ねました。
「ぬいぐるみの横の木はなんだったの?」
「前はモモコちゃんより大きかったけども、今は木よりも大きくなった」
服に毛がつくこともいとわず、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの家のカーポートの下にいる犬のモモコを触っています。亜理紗ちゃんの話を聞いて、どうして大きくなってしまったのかと知恵ちゃんは疑問を抱きました。
「なんで大きくなったの?」
「いい怪獣だから、みんなのために大きくなった」
「いい怪獣だったんだ」
「実は、今日も変わるから、また見てね」
登校前に次回の予告を受け、今日も知恵ちゃんは寝る前に窓の外を確認することとなりました。学校へ向かう途中の神社には大きな樹があり、それを根本から見上げて、知恵ちゃんは夢で見た樹の大きさを確認しました。
「ちーちゃん。アリサウルスは、この木よりも大きいと思う」
「たぶん、もっと大きいと思う……」
その後、学校へ着いてからも知恵ちゃんは妙に大きいものばかり目について、校門のそばにある二宮金次郎像や、水槽の中にいるコッペパンほども大きさのある金魚を観察したりしました。
「じゃあね。ちーちゃん」
「うん」
教室の前で亜理紗ちゃんと別れると、知恵ちゃんは自分の席につき教科書やノートをしまい込み始めました。その内、友達の百合ちゃんと桜ちゃんがやってきて、挨拶を交えながらも知恵ちゃんの机の脇に立ちました。
「知恵ちゃん。おはよう」
「おはよう」
「知恵。昨日のドラマ見た?」
いつものようにテレビ番組の話や、持っている文房具の話をし始めました。そこで、ふと百合ちゃんと桜ちゃんが並んで立ったのを見て、知恵ちゃんは桜ちゃんの背が百合ちゃんよりも頭一つ分くらい高い事実を知りました。
「……桜ちゃん」
「なに?」
「桜ちゃんって、大きいよね」
「……どうしたの?急に」
桜ちゃんの大きさを知ったと同時、知恵ちゃんは体が小さい自覚も持ちました。放課後、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと一緒に家へと帰り、また自宅の廊下から亜理紗ちゃんの家の窓を見つめます。すると、亜理紗ちゃんは盆栽を落とさないよう、ゆっくりと抱えて持ち去りました。
部屋で宿題をしたり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったりして、夜の10時になると知恵ちゃんは歯みがきをするために洗面所へ向かいました。ただ、今日は普段よりも眠かったせいで、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの置いたぬいぐるみを確認するのを忘れて、そのまま部屋の布団へと入って眠ってしまいました。
その日もまた、昨日と似たような場所にいる夢を見ました。知恵ちゃんが目を開いた場所は空に囲まれた場所で、何層にも重ねた雲を通して遥か下に世界が広がっています。風が優しく吹いていて、森林の木々が波を打つようにざわついています。平原には群れをなした動物がいて、知恵ちゃんの居場所からはアリくらいの大きさに見えます。
知恵ちゃんが腕を持ち上げると、それにあわせて視界の右側にある山が揺れ動きました。すぐに知恵ちゃんは腕を下げ、じっと体育すわりのまま世界を見つめました。
今の知恵ちゃんなら、星の形を変えることもできますし、世界をひっくり返すこともできます。でも、知恵ちゃんは大きな変化のない風景をながめています。
その内、あまりにのどかな空気におされて、知恵ちゃんは体を仰向けに倒しました。すると、青空は星空へと変わり、星は飛行機の速さで空を流れていました。それを目で追っている内、いつしか知恵ちゃんは朝の陽ざしで目をさましました。
パジャマ姿のまま、知恵ちゃんは顔を洗いに洗面所へ向かいます。その途中、亜理紗ちゃんの置いたぬいぐるみを確認し忘れた事に気づき、寝ぼけまなこで窓から亜理紗ちゃんの家を見つめました。今日のぬいぐるみは、青いボールをお腹に抱えて座っていました。
学校へ行く時間となり、亜理紗ちゃんが知恵ちゃんの家へ迎えに来ます。通学路を歩き出したところで、知恵ちゃんはぬいぐるみについて質問しました。
「あの青いボールはなんだったの?」
「アリサウルスは星より大きくなったから、それを持ってる感じを出してみた」
青いボールが地球だったことを受け、知恵ちゃんはふと空を仰ぎました。続けて、亜理紗ちゃんはぬいぐるみが大きくなった理由を話し始めました。
「みんなのために強くて大きくなったけれども、邪魔になるとダメだから何もしないで見てることにした」
「何もしないの?」
「何もしなくて平和だから楽なの」
それを聞いて、なんとなく気持ちだけは理解できたように知恵ちゃんは頷いて見せました。
その12へ続く






