その67の1『歌の話』
「今日から、合唱コンクールの練習を始めます」
先生が学級の朝の会にて、合唱コンクールの話をしています。コンクールとは呼ばれていますが、それは学校の中だけで行われる行事で、3年生から初参加となるため、知恵ちゃんたちは今回が初めての参加となります。1枚ずつプリントが配られ、そこに書かれている曲名と歌詞に生徒たちは目を通していきます。
「音楽の授業で使うので、プリントはなくさないように」
先生の話が終わりチャイムが鳴ると、1時限目が始まるまでの短い休み時間がおとずれました。知恵ちゃんは合唱コンクールの課題曲について、友達の桜ちゃんと百合ちゃんに話をしています。
「この曲名の、モ……モルカウって何?」
「そんな曲名だった?」
桜ちゃんがプリントを再確認しますが、やや知恵ちゃんの言った曲名は間違っていました。言われてみれば、その曲名が表すものはなんなのか。歌詞を見てみても、その中にある『河』という漢字をなんと読むのかすら知恵ちゃんたちには解りません。そこで、百合ちゃんは曲名の語感だけで、適当な予想を立てています。
「うさぎさんじゃない?」
「うさぎさんは……流れないんじゃないの?」
歌詞からして何かが流れているようなので、うさぎさんじゃあないのではないかと桜ちゃんは言います。ただ、歌の歌詞と名前に関して、桜ちゃんはあまり気にしていないようです。
「でも大体、歌の名前とか歌詞って、よく解んないよね」
「……?」
「テレビで聞く歌とかも、英語だと意味とか解らないし」
桜ちゃんの話を聞いて、知恵ちゃんはアイドルソングのいくつかを思い浮かべてみます。確かに、英語で書かれている曲名は、ほとんど意味が解りません。でも、簡単な英語だけは知恵ちゃんでも知っています。
「ドリームは夢」
「それは知ってるんだ……じゃあ、モルカウは?」
「……知らない」
桜ちゃんに改めて聞かれても、それがどこの言葉なのかすら知恵ちゃんは知りません。そうして数分ほど議論してみましたが、この3人では合唱曲の正体はつきとめられませんでした。今日の3時限目には音楽の授業があり、教室から音楽室へ移動したあと、先生から曲についての解説がなされました。
「この曲は外国の川についての歌です。それを思い浮かべながら歌いましょう」
先生がピアノをひいてくれて、お手本にあわせてクラスの生徒全員で歌います。声の高さにあわせて歌うパートを分けていき、桜ちゃんと百合ちゃんは女子の高い声のパート、知恵ちゃんは低いパートを担当することになりました。
はりきって声も大きく歌っている生徒もいれば、ピアノの音よりも声が小さい生徒もいます。先生と一緒に何度か通して歌い、曲の全体像を把握して今日の授業は終わりました。音楽室から教室へ帰る前に、先生が知恵ちゃんを呼び止めました。
「もう少し、口を大きく開いて歌うといいよ」
「はい」
先生は口の開き以外にアドバイスをくれませんでしたが、桜ちゃんは他にも気になる点があるようで、教室へ戻りながらも知恵ちゃんに伝えました。
「知恵……あんまり音程が……」
「音程って何?」
「歌の高さと低さみたいな……」
「そんなのあるんだ」
知恵ちゃんの歌声は高さも低さもなく、ただ平坦に声に出しているだけです。桜ちゃんにも上手くは説明できませんが、そんな知恵ちゃんの歌を百合ちゃんが一言で言い表してくれます。
「知恵ちゃんの歌って、国語の授業で教科書を読んでるのと一緒だよね~」
「……ッ!」
「まあ……そういう百合も、声が小さくて、あんまり声が……」
「……ッ!」
それぞれ欠点を指摘され、知恵ちゃんと百合ちゃんは軽くショックを受けました。そこで、2人は小声で相談を始め、桜ちゃんにも何か言い返そうと模索します。しばし、ヒソヒソ話を続けていましたが、結論が出たところで知恵ちゃんは桜ちゃんに報告しました。
「桜ちゃんの歌は聞いてて……」
「……」
「……特に何もなかった」
「それはそれでどうなの……」
その67の2へ続く






