その65の5『ワカメの話』
お母さんがリビングへと戻っていき、犬のモモコも連れ戻されてしまいました。お母さんはトカゲもイモリも無害だと言っていましたが、家の中に黒いトカゲがいると思うと、知恵ちゃんは気持ちが落ち着きません。
「こまった……」
「捕まえよう。虫捕りアミ、ある?」
「ない……」
そもそも知恵ちゃんには虫を捕まえたいという気持ちがないので、虫を捕まえるアミも今は家にはありません。亜理紗ちゃんは家にアミを取りに行こうとしますが、1人でいる間にトカゲと会うのは怖いので、知恵ちゃんも亜理紗ちゃんの家へついていこうとします。
「……あ。ちーちゃん……そこ」
「……?」
知恵ちゃんの家の玄関近くのろうかで、黒いトカゲの1匹を発見しました。2人がやってきたのを見てビックリしたトカゲは、またしても体を分裂させて増えてしまいます。トカゲは増えるたびに小さくなっていき、もう知恵ちゃんたちの小指ほどの大きさになっていました。
「……」
じっと亜理紗ちゃんはトカゲを見つめてみますが、触ったり追いかけたりしなげれば逃げてはいきません。トカゲは壁にはりついたまま、壁紙についたシミのように静止しています。ここまで小さくなると怖さはなく、知恵ちゃんも黒いトカゲをまじまじと観察しています。
「ちーちゃん。ワカメ、なんで増えちゃったんだろう」
「ワカメじゃないけど……アリサちゃんが水に入れたからじゃないの?」
「……あ」
水をはったバケツに入れた黒い葉っぱ。あれが黒いトカゲだったのではないかと亜理紗ちゃんも気がつきます。すると、バケツを日陰に持って行ったのも、トカゲの仕業なのだと理解できました。
「そっか。暗くてビックリしたら増えちゃうんだ」
「……電気つける?」
知恵ちゃんは玄関の電気をつけてみます。トカゲは暗いところへ向けて歩き出しますが、その動きはにぶくなっています。亜理紗ちゃんがトカゲを見張っている間に、知恵ちゃんはお菓子の入っていた平たい空き缶をリビングから持ってきました。
壁に張りついているトカゲの下に、お菓子の缶をそえてみます。トカゲは暗いところへ逃げ込むように、ポトリと缶の中へと落ちて入りました。もう1匹のトカゲも缶へ入れてあげると、2匹だったトカゲは合体して大きくなりました。トカゲの入った缶を知恵ちゃんから受け取りつつ、亜理紗ちゃんは残りのトカゲを探し始めます。
「……ちーちゃん。あと1匹?」
「多分……」
お手洗いの前で増えた1匹を探して、2人は家の中を探索していきます。階段を上がった先にトカゲの姿を見つけ、知恵ちゃんは階段の電気をつけました。先程と同じように缶を下に持って行くと、トカゲは缶の中へと逃げ込みます。そのトカゲも缶の中で合体し、最初に見た時と同じ大きさに戻りました。
「やった!これで全部だ!」
「アリサちゃん。しー……」
「そうだった……」
大声を出すとトカゲが増えて逃げてしまうと思い、亜理紗ちゃんは大きな声をすぐにひそめました。
「それで……どうする?ちーちゃん。飼う?」
「……飼わない」
全てのトカゲを集め終わり、どうしたらいいかと2人は悩んでいます。トカゲは缶の中で落ち着いていますが、また逃げ出してしまうと大変なので、ひとまず家の外へと持って行くことにしました。缶のフタをしめて、ゆっくりゆっくり、足音も立てない速さで玄関へと向かいます。知恵ちゃんが玄関のドアを開いてあげて、亜理紗ちゃんが缶を持って外へと出ていきます。
「……もう暗くなってきてる」
亜理紗ちゃんが玄関から出てみると、もう太陽は山にかくれ始める時間となっていました。これだけ暗ければトカゲも家には入ってこないと考え、亜理紗ちゃんはトカゲの入った缶を開いて、陽の届かない場所へと置きました。
「……ここに置いておいたら帰るかな」
「多分」
夜になったらトカゲも自分の巣に帰るだろうと信じて、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんはトカゲに手を振って家へと帰りました。トカゲ問題も無事に解決し、知恵ちゃんは自分の部屋で宿題を始めます。
「……?」
すっかり家の外は暗くなっており、空は紺色に沈んでいます。バサバサという羽ばたくような音が聞こえ、知恵ちゃんはカーテンを開いて窓の外へと顔を向けました。
「……!」
暗くてよくは見えませんが、黒くて大きな影が羽を広げ、夜を迎えた空へと飛んでいきます。落とされた影は家をおおうほど大きく、どう見ても形は鳥ではありません。竜のような影が1匹、2匹、3匹と、黒ずんだ空へと飛んでいきます。
「……」
窓ガラスを震わせるほどの低い遠吠えが聞こえ、カランカランと缶の転がる音も耳に届きました。あの小さなトカゲが夜の闇を吸い、竜になって、たくさん増えて飛んでいった。そんな気がして、知恵ちゃんは宿題をするのも忘れ、夜の闇へと目をこらしていました。
その66へ続く






