表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
212/367

その65の2『ワカメの話』

 増やすという日常生活では聞きなれない言葉に疑問を抱き、知恵ちゃんは水にひたされたワカメをじっと見つめていました。クシャクシャだった黒っぽいものは水を吸って増え始め、水をはった入れ物いっぱいになっていきます。たじろぎながらも、知恵ちゃんはワカメから目をそらします。


 「おばけだ……おばけワカメだ」

 「おばけじゃないよ。ただのワカメ」

 「お母さん……ワカメってなんなの?」

 「海の草じゃない?」


 海のどこに草が生えているのかは解らずとも、ひとまずカメさんではない事が知れて知恵ちゃんは安心しました。そこへインターホンの音が鳴り、お母さんがぬれた手を拭いて玄関へと走っていきます。知恵ちゃんも亜理紗ちゃんが来たのだと考え、ランドセルを持ったままお母さんについてきました。


 「おじゃまします。あれ……ちーちゃん、まだランドセル持ってるの?」

 「うん。ワカメを見てたの」


 知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと一緒に自分の部屋に行き、キッチンで見たワカメのことを亜理紗ちゃんに話します。


 「水に入れたら、ワカメが増えたの」

 「ワカメって増えるんだ!」


 増えるという事実に加えて、知恵ちゃんは海の草だということも伝えます。すると、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの部屋にある本だなから、青い表紙の絵本を指で探し出しました。


 「ちーちゃん。これ、出していい?」

 「うん」


 亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに断りを入れて、本だなから絵本を引き抜きました。海を舞台とした絵本には海中の絵も載っており、海の底にはヒョロヒョロとした草が描いてありました。食べ物として見ていたワカメと、海の底にある草が同一のものであると気づき、知恵ちゃんは納得した様子で絵本を見つめます。


 「そっか。これがワカメだ」

 「これがワカメだったら、きっと増えてるところだ」

 「え……」


 水に入れると増えるとなれば、海の中に生えているワカメは増えている途中のはず。そう亜理紗ちゃんに言われて、知恵ちゃんも考えをめぐらせます。しかし、海の中にいるワカメが増え続ければ、いつか海の底はワカメだらけになってしまいます。それを知恵ちゃんは心配していました。


 「いつか海の底が、びっしりワカメになる」

 「大変だ……」


 でも、絵本の絵に描かれているワカメは3本程度で、海の底を埋め尽くすくらいには増えておりません。そこで、亜理紗ちゃんがワカメに関する別の説を取り出しました。


 「ワカメは増えすぎるとダメだから、遠慮してるんじゃないの?」

 「ワカメって遠慮するの?」

 「お魚に遠慮しながら増える」


 増えすぎるとお魚が困るので、ワカメは遠慮して適度に増えていると亜理紗ちゃんは考察します。すると、段々とワカメが良い草のように感じられますが、草なので意思があるのかないのかは解りません。こうして話をしていても解らずじまいなので、知恵ちゃんは台所のワカメを見物に行こうと提案しました。


 「……お母さん。アリサちゃんとワカメ見ていい?」

 「いいけど、火には近づいちゃダメだよ」


 お母さんの許可を得て、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんはキッチンに入れてもらいます。しかし、水にひたされていたワカメはなくなっていて、増えたワカメの行き先を知恵ちゃんはお母さんに尋ねました。お母さんはコンロの火を止めて、おなべの中を見せてくれました。


 「はい。ワカメ」


 湯気の立っているおなべの中には、おみそ汁が出来上がっています。そのところどころに、黒いワカメが浮かんでいるのを、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは目の当たりとしました。煮込まれたワカメは、もう増えてはいきません。ただ無気力に揺れているだけです。


 「ダメだ。ちーちゃん……このワカメ、もう生きてない」 


                              その65の3へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ