その65の1『ワカメの話』
「……」
学校の給食には2週に一度ほどの頻度で、ワカメのスープという料理が出ます。おみそしるではなく、コンソメスープでもなく、どこか塩味のきいているうすい色のスープで、輪切りのネギが浮いていたりもします。そのスープと今、知恵ちゃんは教室にて向き合っています。
「知恵ちゃん。さっきの気にしてるの?」
「いや……うん」
給食の時間は机を班ごとに6つずつ合体させており、知恵ちゃんの隣に座っている女の子がワカメのスープにおはしを入れながら、どうしたのかと知恵ちゃんに声をかけています。知恵ちゃんが考え事をしている理由といえば、給食を配膳している際にクラスの子がしていた話までさかのぼります。
『ワカメってなんだか知ってる?』
『カメでしょ?』
ふと、そのような会話が聞こえてきたものの、どう見てもワカメはカメさんの形はしておらず、名前が似ているから勘違いしただけと知恵ちゃんは思っていました。
ですが、もしも本当にカメさんだったとしたら、どの部分が使われているのか。それを気にした知恵ちゃんはワカメをおはしで持ち上げて、怪しみの視線で探っているのです。見ようによってはコウラの表面をそいだものとも考えられますし、またはカメさんのシッポとも解りません。
「……知恵ちゃんのスープ、うなぎたくさん入ってるね」
「……うなぎ?」
「それ、うなぎじゃないの?」
「……うなぎ?」
カメさん問題が解決せぬまま、今度は隣の席の女の子が、知恵ちゃんのスープに入っている黒っぽいものを指さし、うなぎなのではないかと言います。ウナギらしきものは、うすく切られていて、表向きは黒色、断面は白い色をしています。知恵ちゃんは肯定も否定もできず、カメさんらしきものと、ウナギさんらしきものを口へと運びました。
給食を食べ終えて片づけをすませ、すぐに知恵ちゃんは給食のメニューと、その材料が書かれている張り紙の元へと向かいました。ワカメのスープの材料にはシイタケの文字があり、他にそれらしい食材も書かれていなかったことから、ウナギらしきものの正体については簡単に答えが出ました。
「……」
メニューの材料にもワカメはワカメとしか書かれておらず、草だとかカメだとかまでは言及されていません。ワカメが何者なのか解らず、ずっと午後はワカメについて考えていました。友だちの桜ちゃんや百合ちゃんにもワカメについて聞いてはみましたが、食べ物としてしかワカメを見た事がない為、どのように生きているものなのかは誰も知りませんでした。
「ちーちゃん。帰ろう」
「うん」
帰りの会が終わり、皆は帰り支度を始めます。亜理紗ちゃんが知恵ちゃんを迎えに来ると、2人は一緒に学校の玄関へと向かいました。その途中、すいそうに入っている水草を見つめつつも、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんにワカメのことを質問してみました。
「……アリサちゃん。ワカメってなんだろう」
「ワカメって、あれでしょ?コンブみたいなの」
「コンブ?」
「強いワカメがコンブだよ」
知恵ちゃんの家では、あまりコンブは食卓に並びませんが、亜理紗ちゃんの説明で大まかにもコンブのことを思い出しました。その後もワカメとコンブについての話題を続けつつ家路をたどり、亜理紗ちゃんとは後で遊ぶ約束をして別れます。そして、知恵ちゃんは自分の家へと入っていきました。
「ただいま」
「おかえりなさい」
知恵ちゃんのお母さんはキッチンで晩ご飯の準備をしており、切った野菜をゴロゴロとおなべへ入れています。キッチンに、おみそが置かれているのを発見し、知恵ちゃんはワカメの出番もあるのではないかとして尋ねます。
「もしかして、ワカメも入れる?」
「入れるよ。なんで?」
知恵ちゃんはランドセルをしょったまま、キッチンの近くにワカメの姿を探しています。お母さんはビニール製の入れ物に手を入れると、乾燥してチリチリになっているワカメを見せてくれました。
「お母さん……それがワカメなの?」
「そうだよ」
お母さんは乾燥ワカメを水に入れます。何をしているのか、知恵ちゃんは目線を動かして、お母さんへと問いかけました。
「……?」
「今、増やしてるの。ワカメ」
「……増やす?」
その65の2へ続く






