その11の4『怪獣ごっこの話』
夜が更けて午後10時、知恵ちゃんは歯みがきに行きます。リビングから洗面所までは歩いて10歩ですが、その途中にある窓からは亜理紗ちゃんの家の階段にある窓が見え、そこには昨日と同じく大きなぬいぐるみが置かれていました。
ただ、そのぬいぐるみの隣には盆栽が置かれていて、ぬいぐるみも盆栽の方を向いています。今日も昨日と同じく、亜理紗ちゃんの演出の意図がくみ取れないまま、知恵ちゃんは歯をみがいて部屋へと戻りました。
知恵ちゃんはふとんに入って目をとじますが、あのぬいぐるみと盆栽のことを考え始めると、すんなりとは眠れませんでした。家の前を車が走り抜け、そのライトがカーテンの隙間を縫って部屋へと入りました。その内、知恵ちゃんはお手洗いに行きたくなり、ふとんから抜け出して再び廊下へと出ました。
廊下を歩く途中、もう一度だけ窓の外をのぞいてみますが、やはりぬいぐるみと盆栽が置かれているだけでした。知恵ちゃんは用を済ませて部屋へと戻り、眠れるまでふとんの中で目を閉じていました。
一つ。二つ。数字を心の中で数えます。その次第に、ふわりと視界がにじみ、暗闇の中に色を付け始めます。いつしか、知恵ちゃんは夕方に垣間見た場所と同じ、石の板の上で目をさましました。
「……ん」
上半身を持ち上げ、目の前に広がる景色をながめます。見える風景は前に見たものよりも更に遠くまで伸び、目の前には都会のビルほどもある大きな樹が立っていました。知恵ちゃんは山の頂上のような場所にいて、体を動かすと地面がグラつくのを感じました。
知恵ちゃんが目をこすろうと右腕を動かすと、ぼろぼろの巨大な岩が視界の右側からせりあがってきました。ビックリした様子で知恵ちゃんが右腕を下ろすと、それに合わせて岩も地面へと降りていきます。知恵ちゃんが何もしないでいると、山は静かに揺れながら知恵ちゃんの体を揺すりました。
知恵ちゃんは自分がパジャマを着ている事を確認すると、またしても別の世界に来ていることを知りました。知恵ちゃんが乗っている山のようなものは知恵ちゃんが動かそうと思えば動きそうで、歩こうと思えば歩けそうです。でも、知恵ちゃんは何をするでもなくヒザを抱えたまま、果てしなく続いている空と大地の先を見つめていました。
「……」
どこかで、バイオリンにも似た音が聞こえてきます。音の出どころは山の前にある大樹のふもとで、そこに何かの生き物が集まっているのが知恵ちゃんには遠く見えます。そして、その生き物が鳴き声を上げて仲間を集めながら、大樹に生っている巨大な木の実を見上げていることは理解できました。
木の実は知恵ちゃんのいる場所から見ても非現実的な大きさで、それは知恵ちゃんの家よりも何倍も大きいものでした。しばらくは陽に照らされた木の実をながめていた知恵ちゃんでしたが、何度も木の下にいる生き物を見つめた後、試しに腕を伸ばしてみることにしました。
知恵ちゃんが右腕を伸ばすと、知恵ちゃんのいる山の右側から岩でできた手が浮かび上がりました。それを動かすのに苦労はせず、知恵ちゃんは下から支えるようにして木の実を持ち上げます。そして、ひねりながらググッと引っ張ると、大樹の枝についていた木の実は簡単に外れました。
ゆっくりと、知恵ちゃんは木の実を開けた場所に置き、岩でできた手を山のそばへ引き寄せます。地面に降ろされた木の実の周りには、たくさんの生き物が集まっています。食べているのか、飲んでいるのか、喜んでいるのか、驚いているのか、それは知恵ちゃんには判別がつきません。知恵ちゃんも表情なく、地面に置かれた大きな木の実を見つめていました。
何分か、何秒か、何時間か。そんな時間が続きました。そして、ふと目を覚ますと、知恵ちゃんは自分の部屋のふとんの中で目をさましました。起床して洗面所へ行く途中、窓からぬいぐるみと盆栽を見つめてみます。すると、昨日は暗くて見えなかった小さく赤い実が、盆栽の枝についているのを知りました。
その11の5へ続く






