その60の5『神々の宴の話』
ガラガラと大きな鈴の音が聞こえ、そのたびに少しずつ知恵ちゃんと亜理紗ちゃんも賽銭箱のある場所へと近づきます。ただ、神社の前にはキラキラとした銀色のカーテンがかけられていて、お賽銭をしている人たちの姿は隠されていました。その中に何があるのか、亜理紗ちゃんはお父さんに尋ねます。
「お父さん。あの中、どうなってるの?」
「あそこに、この神社の神様がいるんだよ」
カーテンの向こうには神社の主がいるとお父さんは言います。知恵ちゃんも亜理紗ちゃんも、よく神社へは遊びに来ていますが、もちろん神社の主に会ったことはありません。
「知恵。お願いは決まってる?」
「お願い?」
「お金を入れたら、手をあわせて目を閉じて、お願いごとをするんだよ」
お母さんにお願いを考えておくように言われ、知恵ちゃんは何がいいのか考え始めました。しかし、すぐに決まったようで、お願いに問題がないかとお母さんに確認してもらいます。
「お金がたまるようにお願いする……」
「お金を入れてもらった神様が困るから……他のにした方がいいかもしれない」
他のお願いを考えるよう、お母さんに苦言を呈されてしまいました。参考までにと、亜理紗ちゃんのお願いごとも聞いてみます。
「アリサちゃん。なにをお願いするの?」
「みんな、仲良しでいる」
「それだ」
亜理紗ちゃんの願い事に賛同できたので、知恵ちゃんも同じものにしようと決めました。周りには神様が大勢いて、さかずきを酌み交わしたり、大きな声で去年の話をしたりしています。それをながめている内にも、ついに知恵ちゃんたちの番がやってきました。カーテンの中から出てきた人と入れ替わりで、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんはお父さんお母さんと一緒にカーテンをくぐりました。
階段があって、その上に賽銭箱があります。いつもは閉まっている神社の入り口が開いており、建物の中には年老いた巨大な白い犬が座っていました。犬の神様は知恵ちゃんのお父さんに視線を向け、もごもごとした声で語り掛けます。
「おめでとう。新年、あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
お父さんたちが挨拶を返し、みんなで頭を下げます。知恵ちゃんと亜理紗ちゃんの両親が先にお賽銭を入れ、真似して知恵ちゃんたちもお金を投げます。その後、上から垂れている綱を動かし、大きな鈴を鳴らします。
手を打って目を閉じ、みんなは心の中でお願いごとを念じました。すると、知恵ちゃんの心の中に、犬の神様の声が聞こえてきました。
「それが、願いか。がんばるのだぞ」
「……?」
目を閉じたまま、知恵ちゃんは疑問の表情を作ります。神様は、知恵ちゃんの心を読んで、また静かに答えを告げました。
「願いは自分でかなえるのだ。見ているよ。みなが願いに向けて頑張れるよう、ずっと私たちは見守っている」
「……!」
瞳を開きます。暗い中に部屋の天井が見えてきます。いつしか、知恵ちゃんは自分の部屋のベッドに眠っていました。時計の数字は朝の5時になっており、知恵ちゃんは寒さも忘れてフトンから出ると、急いで1階へと降りていきました。キッチンでは、お母さんが洗い物をしています。
「お母さん……初詣は?」
「起こしたけど起きなかったから。三が日の内に時間を見つけて行こうね」
「……知恵、起きたのか。夜、アリサちゃんも起きてられなかったって」
雪かきに行っていたお父さんも家へと戻り、亜理紗ちゃんも夜に初詣へ行けなかったと教えてくれます。もう神棚には神様も乗っていませんし、窓の外にも神様は飛んでいません。初詣に行ったのが夢だったと知って、知恵ちゃんは無気力にソファへ腰を下ろしました。
「知恵。お昼を食べたら、初詣に行く?」
「行く」
お父さんに初詣へ行くかと聞かれると、知恵ちゃんは何か思いついたようにパッと立ち上がりました。そして、リビングに置いてある貯金箱から100円玉を取り出します。それを見て、お母さんは意外そうな顔をしています。
「自分で、おさいせん用意するの?」
「うん」
いつも見守ってくれている神様の為に、知恵ちゃんは自分のお小遣いを持って行くと決めました。お金を家に忘れないよう、100円玉は電話の横に置いておきます。どんなお願いをするつもりなのか、お父さんが知恵ちゃんに聞きました。
「お願いは、もう決まってるのかな?」
「うん……みんな、ずっと仲良しでいる」
その61へ続く






