その60の2『神々の宴の話』
「おもち、できた?」
「熱くて火傷するから、知恵は少し待ってね」
興味津々の知恵ちゃんを、お母さんが制止しています。つきあがったオモチはモチつき機の中でとろけており、お父さんとお母さんは白い粉を用意すると、それを手につけてオモチを小さくちぎっていきます。オモチは非常に熱いので、知恵ちゃんは湯気越しにオモチの切り取り作業を見守っています。
「あんこでいい?」
「いいよ」
お父さんは丸めたオモチにアンコを入れて、知恵ちゃんの前にあるお皿へと入れてくれました。熱を帯びたオモチはまだ柔らかくて、おはしで持とうとするとたれてしまいます。おもちとアンコをつっつきながら、知恵ちゃんは少しばかり口に入れてみます。
「すごい!新鮮なおもちだ!」
かたくなったオモチは焼かないといけませんが、つきたてのおもちは焼かなくてもネバネバしています。おもちを食べている知恵ちゃんの横で、お父さんとお母さんは大きなオモチと小さなおもちを作っています。
「お母さん。それなに?」
「重ねて、かがみもちにするよ。神棚に飾る」
知恵ちゃんの家には和室があり、その一角にはお供えをする棚が作られています。あまり知恵ちゃんは意識して神棚を見た事はありませんが、よくお母さんは食べ物や飲み物などを神棚に飾っています。
「……あのタナ、そういえばなんなの?」
「あれは……神様にお供えするタナだよ」
「うちにもいるの?神様」
「今日は特別な日だから、来てるかもしれない」
そうお父さんに教えてもらうと、いつもは気に留めていなかった神棚に目が向きます。でも、神様にあげるより、まずは自分で食べるのが大事です。もうすぐ寝ると言っていたはずの知恵ちゃんでしたが、おもちの誘惑に勝てずに小さなおもちを3個ほどもゆっくりと食べました。
テレビ番組も年末の特別な編成で、ニュースなどは控え目にバラエティ番組が多く映ります。オモチを食べ終わってソファでテレビを見ている内、知恵ちゃんのまぶたは少しずつゆるんでいきました。ストーブで部屋が暖かくなってきます。自分の部屋のベッドへ移動する間もなく、知恵ちゃんはリビングで眠ってしまいました。
「……?」
体の近くで何かが動くのを感じ、知恵ちゃんは目をさまします。そこはリビングにあるソファの上で、体には毛布がかけてあります。毛布の中に犬のモモコが忍び込んできており、それに驚きつつも知恵ちゃんは体を起こしました。
「知恵。ごはん食べれそう?」
「……まだ、あんまり」
家の外はすっかり暗くなり、時計の針も7時を指しています。揚げ物を作っているお母さんに食欲を尋ねられますが、おもちを食べて寝ただけの知恵ちゃんは空腹を感じておりません。まだ晩ご飯には早いと見て、おもちを重ねているお父さんに知恵ちゃんは声をかけました。
「それ、かがみもち?」
「こっちの大きいのが神棚用で、小さい方が車。あと、アリサちゃんの家におすそ分けする分」
二段重ねになったオモチの上に、ちょこんとミカンが乗っています。お父さんは大きい鏡もちを神棚に乗せ、小さい鏡もちを持って家を出ていきます。外には雪も降っているので、寒さについて対策をこうじた後、知恵ちゃんもお父さんについて行きました。
お父さんは車の戸を開いて中に入り、小さな鏡もちを車のフロントガラスの近くに置きます。どうして車にオモチを置くのか、知恵ちゃんはお父さんに尋ねました。
「なんで車に置くの?」
「事故がないように、車の神様にもお供えしてるんだ」
車の神様とお父さんは言いますが、もちろん神様の姿は見えません。どんな神様なのか想像しつつ、知恵ちゃんはお父さんに詳しく聞いています。
「どんな神様なの?」
「きっと車が好きな神様だよ」
「……走るのが早い?」
「安全運転で早く走る」
「ヘルメットは?」
「多分、してる」
その場その場でお父さんも勝手に車の神様を想像していき、それを知恵ちゃんの疑問にあわせて付けくわえています。最終的なイメージとして、知恵ちゃんの中での車の神様は、F1レーサーのような姿として認識されました。
その60の3へ続く






