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その59の3『電話の話』

 コッペパンです。縦長の丸いパンで、中にはジャムが入っています。それは亜理紗ちゃんの手に持たれたまま、ポッポッと空気のふくれるような音を立てています。パンの入っているビニール袋が破裂する様子もなく、単純にパンが音を鳴らしている状態です。


 「えっと……もしもし?」

 「やっぱり出るんだ……」


 亜理紗ちゃんは電話に出る形で、コッペパンを耳へと当てました。コッペパンも言いたい事があるのか、何かを訴えるかのようにして音を発しています。


 「アリサちゃん……なんって言ってるの?」

 「……う~ん」


 キュウリの時と同じく、コッペパンはコッペパンの言葉で語り続けており、亜理紗ちゃんには何を言っているのか理解できません。一区切りついたところで、また亜理紗ちゃんはコッペパンを知恵ちゃんに渡しました。


 「ちーちゃん。はい」

 「はいって言われても……」

 『ポポポッ……ポポポッ……ポッ……ポポッ』


 知恵ちゃんがコッペパンを耳に近づけます。コッペパンはひとしきり話し終えると、空気が抜けるような音を立てて沈黙しました。何気なく知恵ちゃんはコッペパンの賞味期限を目にし、リビングにかけてある壁掛けカレンダーの日付を見つめました。


 「これ、今日が賞味期限だよ」

 「え?」


 亜理紗ちゃんも返してもらったコッペパンの賞味期限を見て、日付が今日であることを確かめました。


 「ほんとだ!すごい!ちーちゃんはコッペパンの言葉が解るんだ!」

 「わかんないけど……」

 「きゅうりは?」

 「いや……わかんない」


 コッペパンが賞味期限を教えてくれたのだと亜理紗ちゃんは考えていますが、知恵ちゃんはコッペパンの言葉を1つも理解していません。声の雰囲気からあわてているのを感じ取って、ふと賞味期限を気しただけでした。今度はテレビのリモコンがピピピと鳴り出し、慣れた手つきで亜理紗ちゃんはリモコンを耳に当てます。


 「もしもし?誰ですか?」

 「誰かっていったら、リモコンなんじゃないの?」


 しばらくリモコンの音を聞いていた亜理紗ちゃんでしたが、やっぱり何を言っているのか解らず、コッペパンの気持ちを理解した知恵ちゃんへとリモコンを託します。


 「はい」

 「はいじゃないけど……」


 リモコンを受け取り、また知恵ちゃんはリモコンの声に耳をすませます。その後、亜理紗ちゃんに許可をもらってリモコンの電源ボタンを押し、リビングに置いてあるテレビの画面をつけました。ちょうどテレビでは、夕方のアニメ番組が始まったところです。


 「ちーちゃん。これ、見るの?」

 「これは見てないけど」

 『ピピゥ……』


 リモコンはアニメが始まることを伝えたものの、今日のアニメは知恵ちゃんも亜理紗ちゃんも見たことのない番組です。曜日を間違えてしまい、リモコンは意気消沈の音を鳴らしました。リモコンのお話が終わったと見て、部屋にある他の物たちも、次々と呼び出し音を発し始めました。


 「わあ。ちーちゃん。大変だ」

 「出る?」

 「出るよ!」


 2人で手分けをして、部屋の中の物のお話を聞いていきます。どれも当たり前のように会話にはならず、あちらから話すだけ話して満足すると、気持ちを楽にしたように声をひそめます。聞きなれない言葉や声へ耳を傾け、何を言いたいのか察しながら、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは1つずつ対応していきます。


 「あれ……とまった」


 知恵ちゃんが空のペットボトルを持ち上げたところで、部屋の中の物たちは急に静かになりました。洗濯物をしまいに行ったお母さんが部屋へと戻り、部屋にある物を離れ離れに持っている2人の姿を見つけます。


 「どうしたの?」

 「あ、お母さん。パンの賞味期限、今日だって」

 「ああ……よく気づいたね」

 「うん。コッペパンが言ってた」

 「ん?コッペパン?」


 教えてくれたコッペパンに悪いと思い、亜理紗ちゃんは正直にコッペパンのことを伝えます。賞味期限を忘れないよう、お母さんはコッペパンをキッチンの方に移動させておきます。


 「アリサ。じゃあ、キュウリの『キュ』はキュウリに聞けたの?」

 「あ、聞いてない」

 「2人、きゅうり食べる?」

 「食べる!」


 コッペパンを食べると晩ご飯がお腹に入らなくなるので、お母さんは代わりにキュウリを切ってあげることにしました。キュウリは表面のイボイボを取られて、まないたに乗せられます。お母さんがキュウリを縦に切ります。すると、キュウリは元気よく、キュッという音を立てました。


                                その60話へ続く


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