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その59の2『電話の話』

 きゅうりです。亜理紗ちゃんはキュウリを手で回転させながら、変わったところがないかと探しています。きゅきゅきゅという甲高い音は休みなく鳴っていて、でもキュウリの中に何かが入っている気配はありません。目元までキュウリを持ち上げつつ、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに判断をあおぎます。


 「どうしたらいい?」

 「どうしたらいいって言われても……」


 キュウリは亜理紗ちゃんの家の物なので、どうしたらいいかと聞かれても知恵ちゃんは困ってしまいます。勝手に切ったり割ったりしたら、お母さんに注意されてしまうのは目に見えています。


 「……?」


 突然、キュウリは音を止めました。そこへ亜理紗ちゃんのお母さんがやってきます。取り込んだ洗濯物をカゴに入れていて、別の部屋へと持って行こうとするのですが、ふと亜理紗ちゃんと知恵ちゃんの姿を見つけて立ち止まりました。


 「どうしたの?」

 「お母さん。きゅうり割っていい?」

 「夜ごはん作る時に割らせてあげるから、今はダメだよ」


 亜理紗ちゃんのお母さんは洗濯物の入ったカゴを持って、忙しそうにリビングを出ていきました。お母さんがいなくなると、再びキュウリは楽しそうに音を出し始めました。割ってはいけないと言われてしまったので、ひとまず亜理紗ちゃんはキュウリをテーブルに置いてみます。


 「……あ!」


 何かを思いつき、亜理紗ちゃんはキュウリを手にします。そして、それを電話の受話器に似せて、そっと耳元へあてました。


 「もしもし?」

 「ええ……」


 亜理紗ちゃんがキュウリに声をかけてみたところ、キュウリから鳴っていた音はピタリと止みました。亜理紗ちゃんの行動にキュウリが反応を示し、知恵ちゃんは戸惑いの声をもらしました。


 「もしもし?」


 何度か声をかけてみたところ、キュウリから返事がありました。亜理紗ちゃんはキュウリを耳元へ近づけたまま頷いています。その後、亜理紗ちゃんはキュウリを顔から離し、むっとした表情で知恵ちゃんを見つめました。知恵ちゃんはキュウリの言い分を尋ねます。


 「アリサちゃん……何か言ってた?」

 「……わかんない。きゅうり語だ」

 「きゅうり語?」


 キュウリを手渡され、知恵ちゃんもキュウリを受話器のように耳へと近づけます。キュウリの実の内側から響くようにして、それは声にならない声で話しかけてきます。


 『きゅ。きゅきゅきゅ。きゅきゅきゅきゅ。きゅ』

 「……」


 ただ音を立てているようにも聞こえますが、よくよく耳をすますと音には抑揚があり、息継ぎする間も感じられます。黙って知恵ちゃんが聞き続けていると、最後に少し大きな音を出してキュウリは静まりました。


 「……終わった」

 「切れたの?」

 「うん」


 言いたい事を全て伝え終え、キュウリは知恵ちゃんの手の中で沈黙しています。知恵ちゃんにキュウリを返してもらい、亜理紗ちゃんもキュウリを耳へと近づけてみます。もうキュウリは何も言いません。ただのキュウリです。


 「ちーちゃん。キュウリ……気が済んだのかな」

 「わかんないけど」


 亜理紗ちゃんはキュウリを冷蔵庫の元あった場所へと戻し、冷蔵庫の戸を閉めました。その後、もう一度だけ戸を開けてキュウリをのぞき、やっぱり音が鳴らないのを見定めてから、キチンと冷蔵庫を閉めました。


 「……?」


 今度はテーブルの方から、ポッポッと音が聞こえてきます。今度は何の音だろうと気になり、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは台所から足を移動させました。


 「……」


 リビングのテーブルの上にはバスケットが置かれていて、、ビニールに入ったパンがいくつも入っています。亜理紗ちゃんはバスケットへと手を入れ、音の発信源たるものを取り出しました。


 「ちーちゃん……」

 「……?」

 「こ……コッペパンが鳴ってる」


                                その59の3へ続く

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