その59の1『電話の話』
ある日のこと、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは家の近くにあるスーパーマーケットへ来ていました。お母さんたちが買い物をしている間、いつもはお菓子売り場を見ていることが多いのですが、今日の亜理紗ちゃんはお菓子を買ってもらえない日なので、お母さんたちと一緒について歩きます。
「アリサちゃん。なんで今日、お菓子を買ってもらえないの?」
「うちに、たくさんあるから」
ご近所や親せきからもらうお菓子というのは、なぜか見計らったように一時期に集中してしまうもので、今は見慣れないお菓子が家の中に充実しています。旅行のお土産や、お菓子売り場には売っていないキレイなお菓子、生菓子なども様々そろっていて、遊びに行った際には知恵ちゃんも少しいただいています。
「買わないものは触ったらダメだよ」
「はい」
そうして知恵ちゃんのお母さんが注意をするので、知恵ちゃんも亜理紗ちゃんも手は出さずに商品を見物しています。スーパーの入り口近くには野菜売り場があり、じゃがいもやニンジン、レタスといったおなじみのものから、あまり口にしたことのないものまで色々と並んでいます。その中に亜理紗ちゃんはパプリカを見つけ、光沢や鮮やかな色を珍しそうに見つめています。
「ちーちゃん。オモチャのピーマンがある」
「オモチャじゃないんじゃないの?」
パプリカの見た目はオモチャのようでいて面白く、それを買わないのかと2人は自分のお母さんへ視線を向けます。でも、お母さんたちはパプリカを使う料理について詳しくないので、ごく普通な緑色をしたピーマンを手に取りました。
「知恵。ピーマン肉詰めにするよ」
「おお」
知恵ちゃんのお母さんがピーマンを買う時は、おおよそピーマンの肉詰めを作る時です。知恵ちゃんはピーマンが苦手ではないので、それさえクリアすれば残るのはピーマンの中のハンバーグであり、知恵ちゃんの中ではピーマンの肉詰めはハンバーグです。
「……あっ!」
亜理紗ちゃんのお母さんは玉ねぎやジャガイモをカゴに入れていて、その近くで亜理紗ちゃんはキュウリを見つめています。そのキュウリは育ちがよくて大きく、健康的にグッと曲がっています。いつも買うものより大きさは2倍ほどもあり、亜理紗ちゃんのお母さんも珍しさから手に取りました。
「アリサ。きゅうり食べる?」
「食べるけど……お母さん。そういえば、きゅうりってなんなの?」
「……?」
急に亜理紗ちゃんがきゅうりについて尋ねるので、亜理紗ちゃんのお母さんは知恵ちゃんのお母さんに助けを求めます。やや相談したのちに、亜理紗ちゃんのお母さんは答えを返しました。
「きゅうりは、うりだよ」
「……きゅってなんなの?」
「……」
きゅうりの『きゅ』についてまでは知恵ちゃんのお母さんも知らなかったので、亜理紗ちゃんのお母さんは困った末に問題を本人へと戻しました。
「それは、きゅうりに聞いてちょうだい」
「え……」
きゅうりについては亜理紗ちゃんも自分で調べることにして、引き続きスーパーの中を巡っていきます。お肉のコーナーやお魚のコーナー、お総菜売り場などを歩いて、最後にパンの売り場をのぞいてからお会計に行きます。レジの上の方に掛かっている時計の時刻は午後の4時半で、家に帰ってから遊ぶかどうか、亜理紗ちゃんが知恵ちゃんに聞いています。
「帰ったら、ちょっと遊ぶ?」
「お母さん。いい?」
「いいけど、ちょっとだけね」
歩いて家に帰っても、まだ時間は5時にもなっておりません。お菓子がたくさんある理由から今回は、知恵ちゃんが亜理紗ちゃんの家へとお呼ばれする形となりました。亜理紗ちゃんのお母さんは買ってきたものを冷蔵庫へと入れていて、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは亜理紗ちゃんの部屋で小さなお菓子を食べていました。
「……ちーちゃん。なんか聞こえない?」
「……なに?」
どこからか、お皿をみがくようなキュッキュという音が聞こえてきます。おまんじゅうを食べ終えると、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは音の出どころを探し始めました。それは台所の方で鳴っています。
「……?」
亜理紗ちゃんのお母さんは洗濯物を取り込みに出ており、庭の方で忙しそうにしているのが見えます。謎の音は冷蔵庫の中から聞こえていて、そうっと亜理紗ちゃんは冷蔵庫の下側にある戸を開きました。
「……」
「アリサちゃん。なんの音なの?」
きゅきゅきゅきゅきゅと鳴り続けているものは、冷蔵庫の野菜室の中にありました。それを亜理紗ちゃんは手に取ると、音を出していた物の正体を知恵ちゃんに見せました。
「ちーちゃん……」
「……?」
「きゅ……きゅうりが鳴ってる……」
その59の2へ続く






