その56の4『永遠の夜の話』
結局、ケーキを食べたのは現実の知恵ちゃんだったので、眠らずに夢からさめることはできませんでした。お父さんが帰って来てすぐに夜ご飯も食べ終わってしまい、お風呂にも入り終わって、温かいリビングでテレビを見ています。すると段々、今朝の何度も起きた夢のことや、一度しか食べられなかったケーキについては忘れてきてしまいます。
「私、寝るよ」
「もう寝るの?」
「もう寝るの」
夜の9時には眠れそうな気持ちになった為、お父さんに言われるより先に、知恵ちゃんは自分から寝巻きに着替えて寝る準備を始めました。お父さんに寝室をストーブで温めてもらい、お母さんに湯たんぽを作ってもらって、万全の態勢でお休みに向かいます。
「……」
ろうかは寒くて速足になりますが、うさぎさんの顔がついたスリッパで足をガードしているので平気です。しっかり歯をみがいて、無事に知恵ちゃんは自分の部屋のフトンへと潜り込みます。暗い部屋の中で目を閉じると、10も数えないほどの早さで知恵ちゃんは眠りに落ちました。
「……」
パッと意識がさえ、暗闇の中で目がさめます。時計が映し出している時刻は夜の10時です。まだまだ朝まで時間があります。知恵ちゃんは体と心を楽にして、ぬくぬくと目を閉じます。家の1階からは物音が聞こえており、お父さんとお母さんが起きているのが解ります。
「……ん~」
それからというもの、眠ったような、眠っていないような、目をつむっても意識が途切れず、時間だけが意味もなく過ぎていきます。11時、12時。深夜の1時になっても、一向に眠れません。このまま朝になってしまうのではないか。そう不安になりながらも、知恵ちゃんはフトンの中にある湯たんぽをなでていました。
降り続いていた雨が音を沈め、世界が止まったかのように静かになります。目を閉じます。じっとして、ふとんの中にある温かな空気に身をゆだねます。それでも眠れないまま、知恵ちゃんは時計の文字を見つめました。
「……?」
時計の数字は夜の10時を示していて、不思議に思った知恵ちゃんは体を起こしました。窓の外からは雨の音も聞こえていて、すっかり時間が巻き戻ったようです。知恵ちゃんは眠れずにいたことが夢だったのか、今の自分が眠って夢を見ているのか、じっと考えてしまいます。
知恵ちゃんはフトンから出てイスにすわり、時計の文字が切り替わるのをながめていました。1分が経過し、数字が1つ切り替わります。その内、体が冷えてきてしまいました。時間が動いているのだけ解ると、すぐに知恵ちゃんはフトンへと戻りました。
目を閉じたり開いたり、たまに時計を見たり、耳では雨の音を聞いています。眠ろうと頑張れば頑張るほど、やはりすんなりとは眠れません。刻々と夜は更け、またしても時計の示す時刻は深夜の2時まで進んでしまいました。今度こそと知恵ちゃんは強く目をつむります。
「……」
眠りについたという感覚だけが目頭に残り、再び目を開いた時には時計の数字は夜の10時に戻っていました。もしや一日分、丸々ずっと眠ってしまったのではないかと不安になり、知恵ちゃんは部屋を出て1階のリビングへと向かいました。
「お母さん。お父さん」
「どうしたの?」
お父さんはソファでうたたねをしていて、マグカップに口をつけていたお母さんは知恵ちゃんを見つめます。カレンダーの日付に目を向けながら、知恵ちゃんは自分が眠っていた時間を尋ねました。
「私、どのくらい寝てた?」
「1時間くらいじゃない?」
「そっか……」
「……?」
部屋へと戻っていこうとする知恵ちゃんでしたが、ふとお母さんはドアを開いて呼び止めました。
「……何か飲む?」
「なに?」
「ホットミルクとか」
このまま部屋の布団に入っても、すぐに眠れそうにはありません。お母さんはミルクパンに火をかけて、一人分の牛乳を温めています。知恵ちゃんはテレビの画面と、寝ているのか起きているのか半々なお父さんへ視線を向けてから、お母さんの後ろ姿へ顔向きを戻します。
「はい。これ」
「ありがとう」
もらったホットミルクの表面にある泡を揺らして、知恵ちゃんは湯気をマグカップから逃がします。一口だけ牛乳を飲み込んで、両手でマグカップの温度をつつみこみます。じんとした温かさがノドをつたい、今の自分が夢の中にはいないことをはっきりと認識しました。
その56の5へ続く






