その56の2『永遠の夜の話』
今度こそは夢ではないと確かめるべくして、知恵ちゃんは入念に顔を洗ってからリビングへ向かいます。朝ご飯は夢で見た通りにカレーで、また夢に消えてしまわない内に知恵ちゃんはカレーを口へと入れてしまいます。
「知恵。今日、お昼から雨だって」
「そうなんだ」
朝だというのにリビングは蛍光灯の光が必要なほど暗く、家の外に広がる空は曇りに曇って灰色です。知恵ちゃんはご飯を食べて部屋へと戻り、窓から隣の家の玄関ドアを見つめています。
「……」
曇天の下には、しっとりとした空気が溜まっていて、どこかからけだるさと眠気を運んできます。しかし、ここで眠ってしまえば、目覚まし時計を止める作業からやり直すことになりかねないと考え、知恵ちゃんは頑張って目が閉じないようにして亜理紗ちゃんを待っています。
「……あ」
隣の家から亜理紗ちゃんが出てくるのを見つけ、知恵ちゃんも階段を降りていきます。インターホンの音が鳴ると同時に、知恵ちゃんは家を出て亜理紗ちゃんを出迎えます。
「……あれ?ちーちゃん。なんか今日、早い?」
「待ってたから」
「そうなの?」
知恵ちゃんの家の玄関にある掛け時計をのぞき、亜理紗ちゃんは来る時間を間違えていないか確かめます。時刻は普段の通学時間と数分の誤差で、カメのような歩みで出かけても遅刻する恐れはありません。傘を揺らして通学路を辿りながら、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの見た夢の話を聞きます。
「今日の朝……起きても起きても夢だった夢を見た」
「そうなんだ。だったら、ずっと寝れるじゃん」
「それはそうだけども」
起きたばかりの頭では困惑が強かったものの、亜理紗ちゃんと話してみると、それはそれでお得なのではないかと知恵ちゃんは考え直しました。
「ちーちゃん。私も、できたら20度寝くらいしたい」
「1回で3分くらいだから、1時間くらい長く眠れる」
「1時間だったか……もっと寝たい」
20度寝を知恵ちゃんに単純計算され、意外と短いことを知って亜理紗ちゃんは悔やみました。同時に、ご飯を食べるところまで繰り返せば、何度もご飯を食べられる事実にも気づきます。
「そうだ。朝ご飯にプリンがあったら、何回もプリンだ」
「うち……今日はケーキがあった」
「ええ?100回くらい食べればよかったのに……」
「もったいなかったけど……100回は食べたくない」
学校に到着したあと、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんとろうかで別れ、防寒着を脱いで教室の後ろにあるロッカーへとしまいこみます。ろうかからは冷気が入ってくるので、何人かの生徒は窓際にあるオイルヒーターの近くに集まっています。友達の桜ちゃんと百合ちゃんも今日は一段と眠そうな顔をしていて、百合ちゃんは体温を分けるかもらうかするように知恵ちゃんによりそいます。
「う~ん。なんか知恵ちゃんは温かい……」
「百合ちゃん。眠いの?」
「寒いから朝は眠いの」
寒いせいか、みんなの口数も多くありません。あとは会話をするでもなく、始業時間まで3人で、ゆったりとして過ごします。
「あ……百合が寝た」
「……ほんとだ」
知恵ちゃんの机に突っ伏して、百合ちゃんは眠ってしまいました。物珍しそうに桜ちゃんと知恵ちゃんは百合ちゃんの寝顔をながめています。すると、百合ちゃんはビックリしたようにして顔を上げました。
「あ……学校に行かないと」
「……」
それだけ言って百合ちゃんは周囲へ視線を向け、最後に桜ちゃんの顔を見上げました。
「……もう学校でした」
「……うん」
百合ちゃんは恥ずかしそうにしています。でも、起きたらすでに向かうべき学校に着いていましたので、それを百合ちゃんはちょっとだけ得したようにして、うれしそうに顔を赤くしながら笑っていました。
その56の3へ続く






