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その56の1『永遠の夜の話』

 長くも短い冬休みが終わり、すでに学校が始まっています。知恵ちゃんはフトンの中と外の温度差におびえ、夢の中まで介入してくる目覚まし時計の音を止めた後も、しばらく毛布の感触に顔を押しつけていました。


 「……」

 「知恵。起きないと、アリサちゃん来ちゃうよ」


 軽くはずむようなノックと共に、お母さんの声がドア越しに聞こえてきます。知恵ちゃんはぼやけた視界に時計の数字をとらえます。目覚まし時計は早め早めに音が鳴るよう設定しており、実際には遅刻しない程度には時間に余裕があります。気のゆるみに負けて、知恵ちゃんは瞳を閉じました。

  

 「……」

 「知恵。起きないと、アリサちゃん来ちゃうよ」


 再び目覚まし時計の音が鳴り響き、知恵ちゃんは電子音を止めるべく手をのばします。いつものノック音がして、ドアの向こうからお母さん声が聞こえてきます。知恵ちゃんは時計へと目を向けます。まだまだ登校時間にはほどよく間があり、安心感を得て知恵ちゃんはまぶたを閉ざしました。


 「……」

 「知恵。起きないと、アリサちゃん来ちゃうよ」


 みたび、目覚まし時計の音がします。それを停止させたタイミングで、ドアの向こうからお母さんの声も聞こえてきます。自然と知恵ちゃんの視線は時計の時刻へと向き、やっぱり急いで起きなくてはいけないほど忙しない時間ではありません。もう充分に寝起きを堪能し、知恵ちゃんは布団と部屋の温度差を気にしつつ起床しました。

 

 寝巻きを脱いで温かな服に着替えつつ、知恵ちゃんは時計の文字を見つめています。たくさん睡眠をとった実感にそぐわず、時計はのんびりとした空気の中で数字を切り替えていきます。


 知恵ちゃんは洗面所へ寄ってからリビングへと向かい、ご飯を食べているお父さんの向かいの席へと腰かけます。昨日の夜ご飯に食べたカレーの残りがあり、それをかきまぜながらお父さんはテレビを見ています。窓の外から届く光は薄く、空は灰色です。リビングの電気はついていて、ストーブの灯りへ寄り添うようにして犬のモモコは眠っています。


 「お父さん。おはよう」

 「うん。おはよう」

 「……知恵もお父さん一緒で、カレー食べる?」

 「うん」


 お父さんのお皿に乗っているカレーは一晩の内に熟されて、じゃがいもやニンジンもすっかりカレー色に染まり切っています。お母さんがカレーをお皿に入れてくれている内に、知恵ちゃんはコップに飲み物を入れに行きます。


 「……お母さん」

 「ん?」

 「今日って、何回、起こしにきてくれた?」


 知恵ちゃんの疑問を受けて、お母さんは不思議そうにまばたきをしています。知恵ちゃんの座っていた席の近くへカレーのお皿を置き、お母さんは知恵ちゃんに答えを返しました。


 「いや、1回しか起こしてないよ」

 「そうなんだ」


 持ってきた牛乳を飲み込み、知恵ちゃんはカレーをスプーンでかきまぜています。どうして何度もお母さんの声がしたのか、目覚まし時計が鳴ったのか。知恵ちゃんが頭を悩ませていると、お父さんが単純な予想を伝えました。


 「起きた夢を見たんじゃないの?」

 「起きた夢……?」

 「これも、まだ夢なんじゃないかな?」


 そう言うお父さんの声が薄れるように途切れ、いつか聞いた無機質な音が耳に届きます。知恵ちゃんはフトンから顔を出し、鳴り響く目覚まし時計へと手をのばしました。


 「知恵。起きないと、アリサちゃん来ちゃうよ」


 ドアの外で、お母さんの声がします。さすがの知恵ちゃんも、もう二度寝を繰り返す気力がなく、寒さをこらえてパッとフトンをめくりました。


 「……夢だったか」


                               その56の2へ続く

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