その55の1『秘密結社の話』
月曜日です。いつものように、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは一緒に学校へと向かいます。通学路ですれちがう人たちにはマスクをつけた人が多く、それを亜理紗ちゃんは不思議そうに見ていました。
「ちーちゃん。みんな風邪なの?」
「なんだろう」
知恵ちゃんと亜理紗ちゃんの家族には花粉症の人がいないので、みんながどうしてマスクをして歩いているのか詳しく知りません。学校でもマスクをしている生徒が多数いて、くしゃみをしている子もいれば、マスクをしていても体調のよさそうな生徒もいます。
「もしかして、はやってるのかな」
「マスクが?」
「おしゃれでつけてるかもしれない。いろんな色があるし」
知恵ちゃんと亜理紗ちゃんのランドセルは普通の色ですが、人によっては水色や茶色のものを背負っている場合もあります。ランドセルの色と同様、マスクは白や灰色、模様の入ったものまで様々なバリエーションがあり、亜理紗ちゃんはオシャレグッズとしてマスクをつけているのではないかと考えていました。
「じゃあね。ちーちゃん」
「うん」
2人はクラスが違うので、教室の前でお別れとなります。知恵ちゃんの同級生である百合ちゃんも今日はマスクをしてきており、小鳥の鳴くような声でくしゃみを繰り返しています。先週まではマスクをつけていなかったので、具合が悪いのかと知恵ちゃんは尋ねました。
「おはよう。知恵ちゃん……」
「おはよう。百合ちゃん。風邪?」
「花粉症なの~。そんなにひどくないけど……くしゅ」
かくれてポケットティッシュを取り出し、百合ちゃんは顔をキレイにしてから立ち上がります。そこへ桜ちゃんもやってきて、やや赤くなっている百合ちゃんの顔をのぞきました。
「百合。大丈夫?」
「うん。私は軽い方だから大丈夫」
「桜ちゃん……花粉症って風邪?」
「お母さんはアレルギーだって言ってたよ」
みんながマスクをつけている理由を知り、改めて知恵ちゃんは教室の中を見回します。凛ちゃんもピンク色のマスクをつけていて、百合ちゃんよりもやや豪快にくしゃみをしていました。
百合ちゃんのポケットティッシュは放課後まで保たれましたが、凛ちゃんの持っているティッシュが足りなくなったので、知恵ちゃんと桜ちゃんの分も使って乗り切りました。百合ちゃんと桜ちゃんは先に家へと帰り、知恵ちゃんは教室の前で亜理紗ちゃんを待ちます。
「帰ろう。ちーちゃん」
「うん」
亜理紗ちゃんと一緒に玄関でクツをはき替え、2人で学校の外へと出ます。学校の近くを歩いている人の中にもマスクをつけた人が見え、亜理紗ちゃんは周囲の様子を気にしつつも知恵ちゃんに聞きました。
「ちーちゃんのクラスにも、マスクつけた人いた?」
「百合ちゃん」
「え?百合ちゃん」
「あと佐藤さん」
「リンリンもなの?」
戸惑いの声を出して立ち止まり、亜理紗ちゃんは人気のない路地へと知恵ちゃんを手招きします。知恵ちゃんは亜理紗ちゃんに近づき、どうしたのかと耳をかたむけました。
「……どうしたの?」
「……どんなマスクだった?」
「……白いのと、ピンクの」
「……そっか」
亜理紗ちゃんは安心したように一息ついて、再び通学路へと戻りました。あとは何も言わず、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの前を歩きながら、行き違う人々へと注意を向けていました。自宅の前まで到着して、辺りに誰もいないことを確かめると、亜理紗ちゃんは風にも乗らない小さな声で話し始めました。
「同じクラスの人が言ってたんだけど……」
「……?」
「……黒っぽいマスクしてる人は、秘密結社の人なんだって」
「……え?」
「……ほんとかな?」
亜理紗ちゃんがマスクを恐れていた理由が、あまりにもフィクションであったことに動揺しつつも、知恵ちゃんは耳打ちで答えを返しました。
「ウソだよ……」
「ウソか……よかった」
その55の2へ続く






