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その54の4『誰かの話』

 その後も、亜理紗ちゃんは親切さんの仕事に予測を立てながら、知恵ちゃんのお世話をしていきます。スプーンでお菓子を知恵ちゃんの口に運び、忘れずに飲み物もかきまぜます。そこへ、窓も開いていないのに優しく風が吹き抜けます。


 「……」


 知恵ちゃんの髪についていた糸くずが、風に吹かれてひらひらと飛んでいきます。また親切さんに先を越されてしまったとして、亜理紗ちゃんも何かできることはないかと、知恵ちゃんの服や髪に注目しました。


 「……あ」


 知恵ちゃんの服にほつれを見つけ、亜理紗ちゃんは糸を切る道具がないかと探します。でも、次に見た時にはほつれは服から抜け落ちていました。気づかいではどうしても親切さんに勝てず、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの向かいの席へと戻り、ちょっと悔しそうに心境を告げました。


 「ダメだ……勝てない。私も、ちーちゃんに何かしたい」

 「別に勝たなくても……」

 「……」


 亜理紗ちゃんは自分の飲み物へと口をつけます。その後、ベッドの上まで移動して、遠目に知恵ちゃんの姿をながめ始めました。


 「……どうしたの?」

 「親切さんの仕事を見て勉強する」


 じっと亜理紗ちゃんに見つめられ、知恵ちゃんは髪をかきあげながら視線をそらします。亜理紗ちゃんの後ろにあるカーテンが少しずつ動いて、外から差し込む陽の光を弱めます。自分が見つめたことで知恵ちゃんが恥ずかしがってしまい、親切さんが光を弱めてかくしたのだと気がつきます。


 「……私、ちーちゃんに何をしてあげれるんだろう」

 「別にいいのに……」


 亜理紗ちゃんは途方に暮れて、ベッドへと寝転がりながら悩んでしまいます。でも、すぐに何かに気がついた様子で、知恵ちゃんの向かいへと座り直しました。


 「ちーちゃん。なにしてほしい?」

 「え……」

 「親切さんにできないこと」

 「……」


 知恵ちゃんはためらいがちに体を揺すりますが、テーブルの上のお菓子へと目線を向けながら、亜理紗ちゃんの問いかけに小声で答えました。


 「……アリサちゃんは、近くにいるだけでいいよ」

 「わかった!」


 亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの後ろに移動して、腰のあたりをぎゅっと抱きしめます。2人はお互いの体重を感じ取ります。真っ赤になった顔をそむけながら、知恵ちゃんは無言で亜理紗ちゃんの行動に疑問を向けます。


 「……?」

 「私は、近くにいる係やるね」

 「係が分かれたんだ……」

 「ちーちゃん、うれしい?」

 「……それなりに」


 引き続き、親切さんは知恵ちゃんの飲み物をまぜたり、お皿に乗っているお菓子を転がして並び直したり、カーテンを動かして部屋の明るさを調節していました。亜理紗ちゃんは、ただ知恵ちゃんのそばにいます。触れた知恵ちゃんの背中から、ふわっとした体温が伝わります。


  「……」


 部屋の陽気と、近くに人がいる安心感で、2人は少し眠くなってきました。知恵ちゃんは首にじんわりとした温かさを感じます。少し首を動かしてみます。朝から続いていた鈍い痛みが抜け、もう動かしても問題ありません。


 「……首、なおった」

 「なおったの?」


 知恵ちゃんの首の痛みが止まったことに気づいたと同時に、髪を揺らしていた優しい風がやみます。するりと髪も肩にかかります。首元をおおっていた温かさが消えたのを知り、知恵ちゃんは親切さんが首をマッサージしていたのだと察しました。


 「ちーちゃん……親切さん。帰ったのかな?」

 「もういない気がする……」


 物の動く気配がなくなり、知恵ちゃんの首の痛みと共に、親切さんは帰ったのだと理解しました。亜理紗ちゃんは知恵ちゃんのそばから離れようととしますが、今度は知恵ちゃんが亜理紗ちゃんに身を寄せます。


 「……もうちょっと、このままでいい?」

 「いいけど」


 お互いに何を考えているのか、どうしてほしいのか、それを考えながら、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは体を寄せ合っていました。その後はお菓子を食べたり、くっついたままマンガを読んだりして過ごしていました。カーテン越しの光が弱まってきます。帰る時間が近づき、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんから身を離します。


 「アリサちゃん……ありがとう」

 「うん」

 「……あ」


 亜理紗ちゃんの部屋から出ようとすると、先程まで閉まっていたはずの戸が、また少しばかり開いていました。親切さんの最後の仕事が痕跡を残しており、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは嬉しそうに顔を見合わせました。


                             その55へ続く

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