その54の1『誰かの話』
「……ん?」
朝です。眠い目をこすりながら、知恵ちゃんはベッドから起き上がりました。すると、なにやら首のあたりに違和感をおぼえます。
「……んっ。んん?」
首を動かしてみます。横に動かす分にも問題ありませんが、上や下を向こうとすると、じんわりとした痛みが感じられます。起きた時に変な姿勢をとっていたので、首を寝違えてしまったようです。そのにぶい痛みを気にしつつ、知恵ちゃんは自分の部屋から出ようとします。
「……?」
知恵ちゃんの部屋のドアが少しだけ開いていて、少し押すだけで部屋から出ることができました。寝る時には閉じたのを知恵ちゃんは憶えていましたが、そのあとに開いてしまったのだと考えて、気にせず階段を降りていきます。
「……」
洗面所で口をゆすいで、知恵ちゃんはリビングへと向かいます。洗面所へ入るトビラも、ろうかからリビングへ続くトビラも、知恵ちゃんの部屋と同じように、少しだけ開いてグラグラと揺れていました。どうしてトビラが開いたままになっているのか、知恵ちゃんはご飯を食べているお父さんにたずねます。
「お父さん。おはよう」
「あ、おはよう」
「……ドアが開いてたんだけど」
「閉めたと思ったけどなぁ」
季節は春と夏の間であり、トビラが開いていたからといって部屋が寒くはなりません。お父さんは家の中を一通り見てきてくれましたが、特に変わったものも見当たらなかったと知恵ちゃんに声をかけ、マーガリンのついたトーストを再びかじっていました。安心した知恵ちゃんは牛乳を飲もうと思い、戸棚の中にあるコップを探します。
「……」
戸棚まで行こうとした手前、知恵ちゃんのコップが洗ったものを入れるカゴの上に出ているのを知ります。コップはぬれておりません。それに牛乳を入れて、知恵ちゃんはテーブルへと持って行きます。
「知恵。パンと目玉焼きでいい?」
「うん」
お母さんから朝ご飯をもらい、テレビの天気予報などを見ながらいただきます。食べ終わってリビングから出る際も、やっぱりトビラは少しだけ開いていました。
「……」
首が痛いのを押さえつつ部屋へ戻り、学校へ行く前に持ち物の確認を始めます。すると、今度はランドセルの留め具が開いておりました。ランドセルの中もうかがいますが、そちらに変わった部分はありません。
「……ちーちゃん。学校いくよ!」
知恵ちゃんが部屋へ戻ってから10分後、亜理紗ちゃんの声が家の外から聞こえてきました。部屋の窓から亜理紗ちゃんの姿を見つけ、知恵ちゃんはお母さんに声をかけて玄関へ移動します。
「……」
さすがに玄関のドアは開いておりませんでしたが、ドアのノブは知恵ちゃんが手をかけた瞬間、誰かが力をかけたように軽く動きました。
「……ッ!」
ビックリした知恵ちゃんが手をはなします。やや離れた場所からドアを見つめてみるも、もうドアノブが勝手に動くことはありません。ゆっくりとドアを開きます。ドアのすぐ外には亜理紗ちゃんが立っていて、不思議そうな顔で知恵ちゃんの顔をのぞいています。
「……ちーちゃん。どうしたの?」
「あ……アリサちゃん」
「……」
「いたずらした?」
「今日はしてないよ」
亜理紗ちゃんのいたずらだったらよかったのに。そう想いながらも、知恵ちゃんはドアをしっかりと閉めて家の外へと出ました。
その54の2へ続く






