その52の4『声の話』
暗闇を抜けた先にも岩礁でできた通路が続き、海上から差し込む光を受けて、海藻や岩が虹色の輝きを返しています。知恵ちゃんが歩くたびに白い砂がほころんで、うすいベールのように海水の中をへと立ち上ります。
「この先は明るすぎるから、私は行けないんだけど」
「そうなの?」
「海の仲間によろしくね」
知恵ちゃんを案内してきた黒い魚はまぶしそうに眼をパチパチしながら、この先へ自分は進めないと告げます。ツノをピカピカさせている黒い魚とお別れをして、知恵ちゃんは岩場に手をつきながら歩いていきました。今度はピンク色の体をしたカニが、岩のすきまから姿を現します。
「もう少しで出口だから、私についてきて」
カニはプクプクと口から泡を出しながら、やっぱり亜理紗ちゃんの声で語りかけてきます。でも、亜理紗ちゃんなのかと聞いたところで違うというのは解っているので、知恵ちゃんは宝物の隠し場所だけ質問してみます。
「アリサちゃん。今、なにしてるの?」
「アリサちゃんは宝物をタンスの後ろに隠してて忙しいのよ」
知恵ちゃんの歩幅に比べて、カニの進む速さは何倍も遅く、案内していることにはなっているものの、知恵ちゃんがカニの横歩きを待ちながら進んでいる状態です。時折、枝分かれしている進路に立ち、知恵ちゃんはカニの進む方向を観察しています。
「私、水の中で歩くの苦手なの。ちーちゃんもそうなの?」
「私は水の中を歩くの初めて」
「そうなんだ!」
カニと共に歩き続け、行き止まりへと到着します。知恵ちゃんは高い岩の壁に首を傾けています。来た道以外に進めそうな場所もなく、ただ岩に囲まれた空間があるのみです。
「ちょっと待ってね」
「……?」
カニは両手についた丸いハサミを使って、足元の砂を掘り返し始めました。地面の下からは青いガラス玉のような泡がこぼれ出し、それはカニが穴をほるたびに増えていきます。数分後、地面の中からは知恵ちゃんの体よりも大きな、すきとおった泡が現れました。
「ちーちゃん。これに乗って」
「乗るって、どうやって?」
「中に入ればいいの」
カニがピョンとジャンプして、泡の中へと入り込みます。知恵ちゃんも大きな泡へと手をのばし、体を泡へと押し込みます。泡の膜は分厚く、やぶけることなく知恵ちゃんの体を包み込みます。続けざまに大小の泡が地面から溢れ、それらに押し出されるようにして知恵ちゃんとカニの乗った泡は持ち上げられていきます。
「もう少しで出口だよ」
カニの声は泡や水流にはばまれ、ごにょごにょと揺れ動くように聞こえます。知恵ちゃんの乗った泡は海の中から飛び出して、海の上にある砂浜へとはずみながら転がり、しぼむようにして割れました。知恵ちゃんの後ろでは、海から放たれた無数の泡が、空の太陽や雲へと目掛けて飛んでいくのが見えます。
「あそこが出口」
砂浜の先には知恵ちゃんの家の玄関にあるものと似たトビラが立っており、その前へとカニは移動していきます。知恵ちゃんはトビラのノブへと手をかけ、ここまで一緒に歩いてきたカニを見下ろしました。
「私は、ここまでだから。アリサちゃんに、よろしくね」
「……うん。ありがとう」
トビラを開きます。その先は柔らかな光に満ちていて、知恵ちゃんは光の中へと裸足で踏み込みました。まばたきをした次の瞬間、知恵ちゃんが開いた目の先には亜理紗ちゃんの顔がありました。
「……!」
「あ……起きた」
不意に亜理紗ちゃんと目があい、知恵ちゃんははずかしそうに布団へと顔をかくします。知恵ちゃんに近づけていた顔を引き、亜理紗ちゃんはベッドから降ります。そして、部屋のあちこちをチラチラと見ながら、知恵ちゃんが布団から顔を出すのを待っています。
「ちーちゃんが寝てる内に、ペットボトルのフタをかくしたよ!」
「……」
知恵ちゃんは部屋の中から全てのフタを探し出し、テーブルの上に並べました。簡単に宝物を見つけられてしまい、亜理紗ちゃんは不思議そうに知恵ちゃんに聞きました。
「あれ?ちーちゃん……起きてた?」
「アリサちゃん……かくしながら独り言、言ってなかった?」
「……あ」
まだ知恵ちゃんは眠そうにしていましたが、亜理紗ちゃんの大きな声を聞いて段々と目が覚めてきました。亜理紗ちゃんと2人でベッドに座ると、寝ている間に見た世界の事を、今度は知恵ちゃんが亜理紗ちゃんに話して伝えました。
その53へと続く






