その51の3『大きい小さい話』
博物館の2つ目の部屋は花の資料室となっていて、お花屋さんでも見かけない珍しい花を描いた絵画や、花の種などが飾ってあります。博物館は休日でも来客数は多くはありませんが、今日は平日なので他にお客さんは1人もいません。ガランとした館内をゆっくりと、2人だけで見て回ります。
「あれ……ちーちゃん。こんなのあったっけ?」
部屋の奥には戸のない入り口があり、亜理紗ちゃんが光の薄い室内をのぞいています。知恵ちゃんも亜理紗ちゃんも何度か博物館へは来ていましたが、その部屋には入った覚えがありません。ロープなどでふさがれてもいない為、亜理紗ちゃんは入ってみようとします。
「入ってみる?」
「なんの部屋なの?」
「……なんだろう」
部屋の中は他の部屋よりも温度と湿度が高く、ゆかには土が積もっています。奥に光が見えてはいるものの、入り口の周辺は暗くなっており、何が置いてあるのかはぼんやりとしか解りません。入室後、知恵ちゃんは壁らしきものに手を当ててみます。壁は丸みを帯びており、それが巨大な木の根っこであると判明します。
「……木がかざってある部屋かな」
「ちーちゃん。これ、葉っぱ?」
土の上には若い緑色をした葉っぱが落ちており、それは持ち上げた亜理紗ちゃんの体が隠れてしまう程の大きさです。知恵ちゃんも、そのフトンくらい大きさのある葉っぱに触ってみますが、作り物とは思えないほど手触りが実物に近く、少しツンする植物のにおいもします。知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは根っこの下をくぐって、部屋の奥にある光の元へと歩いていきます。
顔を真上に向けても天井は見えず、真っ白な光が木漏れ日のように散って降り注いでいます。他の部屋と違ってガラスケースに入った展示物はなく、ただ巨大な木に囲まれた空間があるのみです。部屋は不自然に広く、木や落ち葉の隙間をぬっていけば、どこまでも薄暗闇の中を進んでいけます。入り口を見失わない程度に散策し、2人は戸のない入口へと戻ってきました。
「ちーちゃん。これ、また石のせいかな?」
「そうかも」
知恵ちゃんのカバンにぶらさがっているキーホルダーの石が光っているのを見て、また石の力で不思議な世界へと繋がったのだと知ります。一つ前の部屋へと繋がっている戸口は白いカーテンのようなものがかかっており、外からは中が見えないようになっていました。そうした中、亜理紗ちゃんは入り口の近くに変わった形の石板があるのを見つけます。
「なにこれ?」
「……?」
石の柱には石板らしきものがついており、そこに描かれている白い丸印は弱く光っています。亜理紗ちゃんが白い丸印に触れた瞬間、石板の光と共に空から降り注ぐ光も消えてしまいます。薄暗くなった部屋の中、辺りからはメキメキと音が聞こえてきます。そして、木々をかきわけるようにして、部屋の上側に夜空が現れました。
「……上に空が見えてきた」
「アリサちゃん……周りが」
うっそうとしていた景色が低くなり、木々は近所の公園に生えているものと同じくらいまで縮みます。知恵ちゃんは自分たちが大きくなったのかと錯覚しましたが、部屋の奥に映る景色や、木と共に縮んだ落ち葉の遠近感から、周りの植物だけが小さくなったのだと理解しました。
「……ちーちゃん。こっちはなんだろう」
「……?」
先ほどの白くて丸い印がついた石板とは別に、黒い三角印が刻まれた石板が石の壁に設置してあります。そちらに亜理紗ちゃんが触れると、今度は地面が燃えるように光を放ちました。
「……?」
目の前にあった木々が更に小さくなって、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんの足元へと降りていきます。逆に、自分たちの体が大きくなっていくのを感じ、2人は互いに頭頂部を越して空をながめました。
「もしかして……ちーちゃん。大人になるの?」
「ええ……?」
体が大きくなっていきます。地面からもれ出した光を受けて、自分たちが大人の体になるのではないかと亜理紗ちゃんは言います。そうなると、将来の姿が亜理紗ちゃんに知られてしまうので、知恵ちゃんは期待と不安まじりに自分の体を見下ろします。もう木々は雑草くらいの大きさとなっていました。
「……」
「……」
空が近くなってきたところで、体は成長を止めました。亜理紗ちゃんも知恵ちゃんも体は大きくはなりましたが、体型は小学生の姿のままでした。
「……ちーちゃん。これ、大人?」
「……いや、大きな子ども」
その51の4へ続く






