その51の2『大きい小さい話』
「ちーちゃんじゃなくて……せめて知恵ちゃんにして」
「だって、ちーちゃんの名前の漢字、難しいし……」
「亜理紗ちゃん……」
知恵ちゃんは作文用紙の端っこに漢字で『知恵』とお手本を書き、作文の中の『ちーちゃん』を知恵ちゃんに差し替えるよう頼みます。他には亜理紗ちゃんの作文に問題点は見当たらず、それを参考にしつつも知恵ちゃんは自分の作文について考えます。
「……なにを書こう」
「ちーちゃん。大人になったら、何になりたいんだっけ?」
「……私、まだ決まってない。アリサちゃんは?」
「できるだけ強くなりたい」
「もう充分に強いでしょ……」
知恵ちゃんは趣味も大してないので、なりたい職業も決まってはおりません。そうした話をしながらも2人は家の前へと到着し、遊ぶ約束をしてから家に入りました。知恵ちゃんの家の台所ではお母さんがオーブンレンジをのぞいており、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんと遊びに出ることをお母さんに伝えます。
「ちょっとアリサちゃんと遊びに行ってくるね」
「どこに行くの?」
「……どこか」
「遠くには行かないでね」
作文についてのヒントを得るべく、あてのない自分探しの旅へ出かけます。その前に、よくお母さんがお菓子などを料理しているのに気づき、知恵ちゃんはお母さんの夢について聞いてみました。
「お母さんって、お菓子を作る人になりたかったの?」
「お母さん、新聞を作る場所で働いてたんだよ」
「そうなんだ」
「それから、お嫁さんになったの。そっちの方がなりたかったから」
知恵ちゃんが産まれた時には、お母さんは専業主婦になっていたので、お母さんの仕事について知恵ちゃんは初めて聞きました。そして、自分がお嫁さんになる可能性についても、おぼろげながらに想像してみます。
「お嫁さん……」
「知恵は、好きな子とかいるの?」
「……アリサちゃん」
「アリサちゃんかぁ……」
知恵ちゃんは家の前で亜理紗ちゃんと待ち合わせをして、どこへ行こうかと相談を始めました。ただ散歩をしてもよいのですが、知恵ちゃんはお財布の中に券があるのを思い出します。
「ちーちゃん。どこ行く?」
「じゃあ、博物館に行こう」
「何円だっけ?」
「無料券で入れるはず」
知恵ちゃんの家から歩いて数分の場所には博物館があり、2人は久々に見学へ行ってみる事にしました。博物館は2階建てで造りは立派でしたが、まじめなものしか飾られていないので、あまり子供たちは遊びに行きません。博物館の入り口前の敷地には林があり、そこで遊んでいる生徒は多く見られました。
いつもは入館料として100円かかりますが、知恵ちゃんの持っている券を受付の人へ渡すと、2人とも無料で入館できました。博物館の入り口に近い部屋から順番に巡り、植物に関する資料や展示をながめていきます。しかし、説明文にはふりがながふられておらず、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんでは解読できません。
「ちーちゃん。おもしろい?」
「……いいにおいがする」
植物については賢くなれそうにありませんが、館内は木で作られたものが多く飾られている為、自然のいい香りが漂っています。場の雰囲気にやすらぎつつ、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは大きな丸太でできたイスへと座って休みます。目の前には木の成長を表した展示があり、絵が切り替わるにしたがって苗木が大樹へと変化していきます。
「へえ。あんなにちっちゃい木が、こんなに大きくなるんだ」
そう言いつつ、亜理紗ちゃんはイスとして使っている丸太の年輪を指で触り、木の成長する様に感心しています。そんな亜理紗ちゃんに対して、知恵ちゃんは少し恥ずかしそうに質問しました。
「……アリサちゃんは、大きいのと小さいの、どっちが好き?」
「大きいのが好き」
「じゃあ……私、大きくなる」
「私も大きくなるよ!」
現時点で、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんよりも背が大きく、このままでは成長しても身長が追いつきそうにありません。そこで、知恵ちゃんは植物に関する展示物を見ながら、どうすれば大きくなれるかヒントを探します。
「……」
振り返って、博物館の窓から外を見つめます。今日は曇っていて、太陽の光は雲にさえぎられていました。
「……私、明日から頑張るね」
「……?」
その51の3へ続く






