その50『炎の話』
ストーブの炎が揺れています。亜理紗ちゃんの部屋にある、小さな石油ストーブの中で、黒と赤の炎が燃えています。今日は雪が降っており、雪遊びをしていられないほどに強く吹雪いています。亜理紗ちゃんと知恵ちゃんはストーブの近くに座って、手元にある小さなゲーム機の画面を見つめています。
「アリサちゃん。ちょっとストーブ、弱められる?」
「下げる?」
ストーブの熱が肌へと当たり、まるで火へと直に触れているようにしびれてきます。亜理紗ちゃんは慎重な手つきでストーブのダイヤルを回し、ちょっとだけ火を弱めてみます。大きく燃えていた火は勢いを弱め、ストーブについている小さなガラス窓の奥に収まっています。
知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは、それぞれ別のゲーム機を手に持っています。2人で協力して遊んでいる訳でもなく、対戦をしている訳でもありません。でも、たまに画面を見せ合って、互いに進行状況を共有します。
「……ちーちゃん。今度は火、弱い?」
「……たぶん、大丈夫」
先程までの強い火で肌がマヒして、火の温度が足りていないように感じます。でも、慣れてくれば寒くなくなってくるのを感覚で知っているので、亜理紗ちゃんはストーブの火を調整せずに炎の様子だけ確かめました。
「……アリサ。ストーブ、大丈夫?」
「うん。今のところは大丈夫」
お父さんが部屋へとやってきて、ストーブの火が安全かを確かめていきます。ストーブが調子よさそうに燃えているのをのぞき、すぐにお父さんはリビングへと戻っていきました。ゲームに行き詰まってしまい、知恵ちゃんはゲーム機を横に置いて、ストーブの中にある火へと目を向けました。
「アリサちゃん。ゲーム、進んでる?」
「結構、お金が集まってきてる。もう少しで、1アップするかもしれない」
ストーブの火にあわせて、部屋の蛍光灯がチラつきます。不思議そうに知恵ちゃんが蛍光灯を見上げると、気を引き締めるようにして蛍光灯はチラつきを抑えました。ストーブの火へと視線を戻します。ストーブの中の黒い火が、次第に赤色の炎へと変化していきます。火の中に火が重なって、たまに火は弾けて、空気に押されて揺れています。
「……」
ストーブの中の炎をじっとながめている内、意識が炎の中に入っていきます。知恵ちゃんは熱さで目を閉じました。閉じた瞳の中にも、まだ炎の赤い色が残っています。
「……!」
次に知恵ちゃんが目を開いた時には、もう目の前にはストーブはありませんでした。亜理紗ちゃんの部屋も真っ暗になっています。その代わりに、暗闇の中には赤い花が咲いていました。燃えるように光る、赤い花です。
「アリサちゃん。これ……」
「……わっ、なにこれ?」
ゲームの画面から顔を上げ、亜理紗ちゃんも前で咲いている赤い花に気づきます。花は一輪だけですが、暗闇の中で精いっぱいに赤い光を放ちます。知恵ちゃんは近くに置いていたカバンを見つけ、カバンについているキーホルダーの石が輝いているのを発見しました。
「ちーちゃん。これ、花?」
「花なの?」
亜理紗ちゃんが花へ向けて、ゆっくりと手のひらを差し出してみます。熱くはありませんでしたが、ほのかに温かみを感じます。そこへ、強い風が吹きました。凛としていた花が大きく揺れ、まるで光を分け与えるようにして2つに増えます。
そこから一気に花の灯りは広がっていき、遠くまで続く花畑へと変わりました。大きな赤と、小さな青の花びらが舞い、熱気をまとって空へと昇っていきます。
「……」
寒さも熱さも感じぬまま、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは花たちの光を見つめていました。そこへ、戸をノックする音が聞こえてきます。ふっと部屋には蛍光灯の光が戻り、暗闇の中からストーブが現れます。今度は亜理紗ちゃんのお母さんが戸を開き、お盆に乗せたジュースを部屋のテーブルへと置きます。
「アリサ。外、ちょっと雪が弱まってきたよ」
「本当?」
お母さんに教えてもらい、亜理紗ちゃんは部屋のカーテンを開いてみます。前が見えないほどに降り続いていた雪は勢いを弱め、今は小さい粉のような雪が降るばかりです。少しだけ亜理紗ちゃんは壁にかけてあるジャンバーを見ますが、やっぱりストーブの前に戻ってきて座り込みました。
「まだちょっと、ゲームしてる」
「そう?遊びに行く時は、ちゃんとストーブ消してね」
亜理紗ちゃんのお母さんが部屋を出ていきます。知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは手にゲームを持ったまま、ストーブの中で燃えている炎をじっとながめていました。
その51へ続く






