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その48の3『黒い床の話』

 知恵ちゃんが星と呼んだものは、どこか生きているような、脈打つような光を放っていました。バケツの中に溜めた光をまとい原型を保っていますが、その形は次第に小さくなっていきます。


 「ちーちゃん。うちにカバン置いたら、戻ってきて」

 「うん」


 自宅にランドセルを置き、すぐに知恵ちゃんも亜理紗ちゃんもバケツの元へと戻ってきました。このままでは星の光が消えてしまいそうです。どうすれば助けられるのかと悩んだ末、亜理紗ちゃんは暗い場所へと持って行こうと考えました。


 「明るいのが苦手なのかな?」

 「アリサちゃんの部屋は?」

 「持って行こう!」


 知恵ちゃんの部屋は2階にあって陽の入りがよい為、1階にある亜理紗ちゃんの部屋へバケツを持って急ぎます。カーテンをしっかりと閉めて、なるべく陽が届かない場所へと置いてみます。暗くなった分だけ星は明るくなったように見えますが、それでも光が強まる様子はありません。


 「ちーちゃん。まだ4時くらい?」

 「4時半くらい。夜になったら、空に帰るかも」


 夜になれば星は空に帰ると知恵ちゃんは考えますが、まだ暗くなるまで時間があります。どうして、この石を星だと思ったのか、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに尋ねました。


 「なんで、ちーちゃんは、これを星だって思ったの?」

 「昨日、星が雨に流されたのを見たから、はぐれて空に戻れなかった気がする……たぶん」

 「夜になったら、自分で帰れるのかな?」

 「どうなんだろう」


 亜理紗ちゃんはカーテンを開いて空を見上げます。今日の天気はカラッとした快晴で、昨日と違って雨が降る様子はありません。もう一度、バケツの中をのぞきこみます。そこで、亜理紗ちゃんは光る石の入っているバケツの底が、真っ黒に染まっているのを知りました。


 「バケツの奥、ちょっと黒くなってる?」

 「……そう?」


 カーテンをもう少し開けてみます。バケツの底には微量の雨水が残っていて、まるで黒い鏡のように光を反射させています。亜理紗ちゃんが石を持ち上げると、黒くなっている部分は元のバケツの色へと戻っていきます。


 「ちーちゃん。星を近づけると、近くが黒くなる」

 「じゃあ、どうするの?」

 「よく光る場所に置く!」


 亜理紗ちゃんは石を持ったまま、家の中を歩き始めました。亜理紗ちゃんの言う『よく光る場所』の見当がつかず、知恵ちゃんは後ろを歩いていきます。じゅうたんの敷かれていないフローリングの床を探し出し、そこに亜理紗ちゃんは石を置きました。


 「……じわじわ黒くなってきた」

 「たしかに、じわじわしてる」


 石を置いた場所の近くだけが、黒い色へと変わっていきます。フローリングの床は窓から差し込む光を照り返していて、石の周りには黒くてピカピカした空間ができあがります。次第に石は光を取り戻し、光の濃淡も安定していきます。


 「もっといい場所あるかな?」

 「ここでいいんじゃないの?」

 「石の床なら、もっと光るかも」


 最適な場所が他にあるのではないかと見て、亜理紗ちゃんは星を玄関へと持って行きます。玄関の靴を脱いで上がる場所は石でできていて、その表面はフローリングの床よりもツルツルとしています。その場所に石を置くと、更に光の強さが増しました。


 「ようし……ここで、暗くなるまで待とう」

 「うん」


 それから2時間ほど、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは玄関先で石を見守っていました。何をしているのかとお母さんにも聞かれもしましたが、2人の様子からしてオモチャで遊んでいると見て、それ以上は何も追及しません。


 「ちーちゃん!ちょっと弱ってる!あおいで!」

 「なんで……」


 石の光が弱まってくると、場所を移動させてみたり、手であおいだりして元気づけます。ついに太陽の光が山に隠れ、家の外は暗くなりました。


 「……あれ?帰らない」

 「もう夜なのに」


 亜理紗ちゃんの家のお父さんも帰宅し、もう夕食を食べる時間が近づいています。しかし、なかなか石は空へと帰ってくれません。室内なのがダメなのかと外にも出してみましたが、それでも特に変化はありませんでした。


 「床をぬらしたら、もっと光るかも……」

 「家をぬらしたら怒られるんじゃないの?」

 「ちょっとだから。ぞうきん、持ってくる」


 床は濡れている方が光るのではないかと考え、亜理紗ちゃんは石を知恵ちゃんに渡して家の中へと入っていきます。知恵ちゃんが夜空をながめると、その一部分だけが、ぼんやりと白っぽくなっているのに気づきました。その後、知恵ちゃんは手に乗っている石を観察しようと目に近づけます。


 「……!」


 知恵ちゃんの黒い目に石の光が反射し、石は今までより一段と大きな光を生み出しました。光を受けて元気を取り戻した石は、知恵ちゃんの手を離れて空へと昇っていきます。石だったものが星空の一部、白っぽくなっていた部分に戻ったのを見届けたところへ、ぞうきんを持った亜理紗ちゃんが家の中から戻ってきました。


 「……あれ?石は?」

 「……もう空に帰った」

 「えぇ……どれがそうなの?」

 「……あれ」


 ぞうきんを手の上でポンポンさせつつ、亜理紗ちゃんは空をあおぎます。そして、どれが空へと帰っていった石なのか、知恵ちゃんに指さしてもらいました。空に帰った星は夜空の黒色に映えて、まるで他の星たちと語り合うようにして、キラキラと光を返し合っていました。


                                その49へ続く


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