その48の1『黒い床の話』
「……」
夜中の2時、ずっと聞こえていた物音が止んだのを知り、知恵ちゃんは自分の部屋のフトンの中で目を覚ましました。
「……?」
しめった空気が室内にただよい、それでいて肌には涼しさが伝わります。ベッドから体を起こし、カーテンを開いて窓から外をながめてみます。道路には大きな水たまりができていて、でも寝る前と違って雨は降っておりません。ぼんやりとした街灯の光を透かして、空には雲一つない星空が見えています。
知恵ちゃんの部屋は2階にあるので、車が走る道路も、黒く広がる星空も、遠くまで一望できます。夜の静かさを楽しむようにして、知恵ちゃんは窓の外をじっと観察していました。もう少し空をよく見ようと、知恵ちゃんは窓に顔を近づけます。
「……?」
街灯の光は空まで届かず、星の光と重なる前に途絶えます。夜空にある星の一つを見つめている内、どことなく違和感を覚えて知恵ちゃんはマバタキをしました。もう一つ、まばたきをします。そのたびに、少しずつ、少しずつ、空が落ちてきているのが解ります。小さな星の粒が鮮明に見え、もう星空は知恵ちゃんの家の屋根まで迫っています。
「……?」
深く目をつむって開いた、次の瞬間には、もう知恵ちゃんのいる場所は星空に飲み込まれていました。街灯の光が、夜空の中で精いっぱいに広がっています。車道や庭、地面から空まで全て、暗い星空になってしまいました。弱い風に吹かれて、星がキラキラと揺れています。
地面に落ちた夜空は光沢を持っていますが、その中には星以外に何も映し出しはしません。知恵ちゃんが家の外にある夜空を見下ろしていると、次第にポツポツと屋根の上から音が聞こえてきました。
「……?」
大きな雨粒が夜空へと流れ落ち、暗闇の中に波紋を広げます。夜空の中に沈んでいる星たちは雨にかき乱され、せわしなく泳ぎ回っています。見る見る間に雨は激しさを増し、家の外にあった星空は乱されて見えなくなってしまいました。
「……」
窓に吹き付ける大量の雨粒で、外の景色は何も見えません。知恵ちゃんが時計を見つめると、もう時刻は夜中の3時になっていました。朝が来たら学校へ行かなくてはなりません。雨の渦中にある星空を気にしつつも、ザーザーと鳴りやまない雨音だけを耳の奥へと残し、知恵ちゃんはフトンの中へと戻りました。
翌朝、空は雲もまばらに晴れ渡り、雨は水たまりだけを残して通り過ぎていました。テレビの天気予報を見ても、今日は雨が降る気配はありません。亜理紗ちゃんが迎えに来てくれるのを待って、知恵ちゃんは学校へ向かう為に家の外へと出ました。
「ちーちゃん。おはよう」
「うん。おはよう」
知恵ちゃんは地面まで落ちてきた夜空のあとが残っていないか、キョロキョロと辺りを見回しています。でも、水たまりに映っている青空は遠く、手をのばしても届かない場所にあります。雨に流された星も残ってはおらず、ぬれて黒くなったアスファルトが雨のにおいをかすかに残しているだけです。
「ちーちゃん。どうしたの?」
「……うん。なんでもない。行こう」
その48の2へ続く






