その47の1『雲の中の話』
「ちーちゃん。今日、うち来る?」
「なにかあるの?」
「イスが来たの」
先週、亜理紗ちゃんの家の庭にイスとテーブルが届きました。今まで、庭にはガーデニング用品を入れる物置と、大きな丸太くらいしかなかったので、新しく庭に休む場所ができたことを亜理紗ちゃんは知恵ちゃんに教えます。
庭に置かれているイスとテーブルは金属でできており、ちょっと青みがかった色合いでいて、細やかな模様が入っています。イスもテーブルも亜理紗ちゃんと知恵ちゃんの体には少し大きく、イスの背もたれに倒れ込むとテーブルの上が見えません。なので、イスに浅く腰かけ、向かい側に座っている相手の顔が見えるように席へつきます。そこから、知恵ちゃんは高くまで続く空を見上げました。
「今日、いい天気……」
「……アリサ。お茶飲む?」
「飲むよ!」
空には青色が広がり、雨が降る気配もありません。おだやかな日差しを2人が楽しんでいると、亜理紗ちゃんのお母さんが窓を開いて声をかけました。そして、トレーに乗せたティーポットとカップを庭に持ってきてくれます。
「紅茶。知恵ちゃんの家からもらったの。お砂糖は1本ずつね」
日が差していても気温は高くないので、お母さんは温かいお茶を入れてくれました。カップの中から湯気が上がり、空へと消えていきます。使ったお砂糖の袋やティーポットを持って、お母さんは家の中へと戻ります。知恵ちゃんと亜理紗ちゃんはスプーンで紅茶をかきまぜながら、花壇に咲いている花や、緑色のしばふをながめています。
「ちーちゃん。なんか、お金持ちの家みたいだね」
「お金持ちの家?」
「アニメに出てくる、お金持ちの家」
バルコニーから庭を見つつお茶を飲む、そんな光景を亜理紗ちゃんはアニメで見たのですが、知恵ちゃんには上手く伝わりません。でも、上品な雰囲気は知恵ちゃんにも伝わったようで、そのイメージを探しながらもお茶を少しずつ口に含み、まったりとした時間を過ごします。
「……?」
急に庭が暗くなり、亜理紗ちゃんは空を見上げました。太陽を小さい雲が隠していて、すぐにまた静かな日差しが戻ってきます。流れる風は爽やかで、新鮮な空気を運んではきますが、紅茶の表面を揺らしはしません。
「ちーちゃん。ネコさんきたよ」
「……ほんとだ」
よく近所で見かけるネコがブロックべいの上を歩いています。でも、亜理紗ちゃんの家の庭にはネコ除けがまいてあるので、すぐにいなくなってしまいました。ちょうちょが花から花へと渡るように飛んでいきます。
「……」
たまに車の走る音が聞こえるくらいで、亜理紗ちゃんの家の庭は静かです。陽気にあてられて、段々と2人は眠くなってきました。紅茶から昇る薄い湯気が、空に浮かぶ雲と重なります。その最中で、知恵ちゃんはパッと目を開きました。
「……アリサちゃん。寝たらダメだよ」
「……うん……寝てないけど」
体を背もたれから起こして、2人は適温になった紅茶を口に含みます。庭にはスズメが降りてきていて、食べ物を探すようにして動き回っていましたが、すぐに飛び去って行きました。
「ちーちゃん……もうダメだ」
「……」
紅茶で気持ちはリラックスし、気温も申し分ありません。まるで布団の中にいるような気持ちになり、少しずつ、少しずつ、2人は目を閉じていきました。
その47の2へ続く






