その46の2『終わらない話』
亜理紗ちゃんはスケッチブックの1枚分を裏も表も使い切り、もう用紙にはハンコを押す場所がありません。渋々、スケッチブックをめくるのですが、かなりのページを既に使い終わっていて、もうスケッチブックの白いページは残りわずかです。
「アリサちゃん。他のページには何が……」
そこまで聞いて、知恵ちゃんは質問をやめました。なぜなら、他のページにもハンコがびっしりと押されていたらと考え、それを見せられたらビックリしてしまいそうだったからです。でも、亜理紗ちゃんが見せてくれたスケッチブックには鉛筆などで描かれた絵があって、それを見て知恵ちゃんは安心したようにまゆをあげました。
「アリサちゃん。これ、なにを描いたの?」
「へへ……それはちーちゃん」
「え……」
上げたまゆをすぐに下げた知恵ちゃんと対照的に、うれしそうな顔で亜理紗ちゃんは絵を指さしています。一見すると、絵の線は魚や鳥のような形に引かれています。どこをどう見たら自分の絵なのかと、知恵ちゃんはスケッチブックの絵に目を細めます。すると、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの持っているスケッチブックを回転させました。
「こっちが上なの」
「あぁ……んん?」
逆向きに描かれていたのを知って納得したものの、逆さまにしてみても大して自分には似ていなかった為、引き続き知恵ちゃんは困惑しています。スケッチブックの次のページを開いたところ、そちらにはハンコが隙間なく押されていて、それはそれで知恵ちゃんをビックリさせます。
「これ、返す……」
「もっと見てもいいのに」
スケッチブックを返してもらい、また亜理紗ちゃんは別のページへとハンコを押していきます。その手元を知恵ちゃんは、じっと見つめています。じっと、時間が過ぎていきます。音を聞くのも忘れてスケッチブックを見つめています。家の前を車が走っていき、エンジンの音が耳の鼓膜に伝わります。パッと、亜理紗ちゃんは顔を上げました。
「……あれ?」
「……?」
亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの背後にある壁を見つめ、持っていたハンコを置いて立ち上がりました。知恵ちゃんが振り返ると、そこには知恵ちゃんの部屋にあるはずのない、一面が灰色になっている壁がありました。
「ちーちゃん。なにこれ?」
「……さぁ」
灰色の壁は真っ平です。まるで包丁で切ったように凹凸もなく、固いのか柔らかいのかも見ただけでは解りません。そこで、亜理紗ちゃんは持ってきていた筆箱からを消しゴムを取り出し、それを持って壁の前で構えます。壁に触ってみてもいいかと、部屋の持ち主へ聞きます。
「さわってみていい?」
「私の知らない壁だからいいけど……」
知恵ちゃんは机の上に置いてある紫の石が光っているのを確かめ、その壁も石が別の世界から持ってきたものだと知りました。亜理紗ちゃんは消しゴムの先を壁に押し当てます。そんなに力を入れなくても、消しゴムは灰色の壁へと押し込まれました。
「……ねんどの壁だ!」
「ねんど?」
亜理紗ちゃんが消しゴムを引っ張ります。消しゴムの形にそって、灰色の壁にはくぼみができています。亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの部屋にある小さなフィギュアを見つけ、それを貸して欲しいと知恵ちゃんにお願いしました。
「これ、貸してちょうだい……」
「いいけど……」
知恵ちゃんの了承を得て、亜理紗ちゃんは小さなカメのフィギュアを灰色の壁に押しつけます。すると、壁はフィギュアの形にへこんで、カメの顔の形にクッキリとあとが残りました。知恵ちゃんがフィギュアを返してもらいますが、どこにも汚れがついている様子はありませんし、壊れている部分も見当たりません。
「ちーちゃん」
「……?」
フィギュアを見ている知恵ちゃんの横で、亜理紗ちゃんは灰色の壁に顔を近づけています。そして、ちょっと覚悟が足りないといった声で、静かに知恵ちゃんへと言いました。
「……顔、いってもいいと思う?」
「……やめておいた方がいいんじゃない?」
その46の3へ続く






