その45の3『洞窟の話』
もう洞窟の壁にぶつかってケガをする心配もありません。はっきりと足元も見えていて、つまづくものもありません。それでも入りたがらない知恵ちゃんに、亜理紗ちゃんは何が不安なのかと尋ねました。
「ちーちゃんは、あとどうしてもらったら、ほらあなに入るの?」
「……絶対に入んない」
「こんなにしてくれてるのに……ほらあな」
入ってほしいという洞窟の気持ちが伝わらず、かたくなに知恵ちゃんは入らないと言い切ります。しゃがみこんで2人で洞窟を見つめます。吹いた風が洞窟の入り口をなぞり、ヒューヒューと悲しそうな音を立てます。でも、知恵ちゃんは洞窟には入りません。
「なわとびするね」
「そろそろ、二重跳びできそう?」
「できる気がする」
洞窟の事は忘れて、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんはナワトビ遊びに戻ります。二重跳びができそうな気がした知恵ちゃんの予感に反して、それから30分くらいは二重跳びが成功せず、2人は家に帰ってジュースを飲んでから戻ってきました。
「できる気がしない……」
「がんばって。ちーちゃん」
できる気がしなくなってきた知恵ちゃんでしたが、不思議と自信がない方がリラックス体を動かすことができ、今までできなかった二重跳びが1回で成功します。
「……できた!」
「ちーちゃん!」
やっと成功した喜びで、亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは抱きあいながらクルクルと回ります。次第にクルクルするのも疲れてきたので、ちょっと息を整えてから知恵ちゃんはコツを忘れないように再び練習を始めます。一度できると特に意識せずとも、二重跳びは簡単に成功するようになりました。
「ちーちゃん。これで完璧?」
「完璧」
学校のクラスで二重跳びができないのは知恵ちゃんだけだったので、これで恥ずかしくありません。一応、亜理紗ちゃんのやっていた腕を交差する技にもチャレンジしてみましたが、こちらは成功のイメージすらつかめないほど失敗しました。
「ちーちゃん。明日、ひま?」
「うん。別に何もない」
「フラフープやらない?」
「フラフープ、やっとことない。いいよ」
知恵ちゃんの家では夕方から出かける予定があるので、その準備をするために早めに家に帰ります。翌日は予定が入っていないので、また亜理紗ちゃんと遊ぶ約束をして知恵ちゃんは家へと入りました。
「お母さん。このあと、どこに行くんだったっけ?」
「映画のチケットあるから、お父さんと3人で映画に行くよ。お風呂、入れてあるから、先に入っちゃって」
知恵ちゃんが行き先をお母さんに聞きます。このあと映画を見に行く事を知り、知恵ちゃんはお風呂に入ってから着替えをして、お父さんの運転する車で映画館へと向かいました。外国のファンタジー映画が上映予定にあったので、それを選んで知恵ちゃんたちは入場券をもらいます。
「怖くないかな……」
「どうかな」
知恵ちゃんが映画の内容を気にしており、お父さんは買ったパンフレットを渡します。パンフレットを見ている内、映画館が暗くなって映画が始まります。映画の内容は全く怖くありませんでしたが、映画の途中には洞窟へ入る描写があり、それを見て知恵ちゃんは広場にあった洞窟を思い出しました。
次の日、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんはフラフープを持って、また洞窟があった場所へと遊びに行きます。フラフープに体を通しながらも、亜理紗ちゃんはブロック塀の洞窟を気にしてのぞいてみました。
「……また、ほらあなが変わってる」
「また?」
知恵ちゃんも草むらに入って、洞窟の様子をうかがいます。そこにあるものは、すでに洞窟ではなくて、人が1人だけ入れるくらいのくぼみです。くぼみの中はライトで照らされたように明るく、木の根らしきものがイスに似た形に曲がっています。くぼみの両脇は花で飾られており、落ちてきそうなものや転びそうなもの、障害物は何もありません。
「ちーちゃん。はいる?」
「……」
知恵ちゃんが文句を言う度に洞窟は姿を変え、ついに浅くて安全なくぼみになってしまいました。さすがの知恵ちゃんも、ここまでしてもらって入らないとは言えません。フラフープを亜理紗ちゃんに渡し、そっとくぼみの中にある木の根に腰かけました。
「……ちーちゃん。どんな気分?」
「……なんか、はずかしい」
その46へ続く






