その9の2『誕生日の話』
知恵ちゃんの渡した箱の中に入っていたのは水色を基調としたゴムベルトの腕時計でした。それはオモチャ売り場にあるような子ども向けのものでしたが、亜理紗ちゃんの好きそうな色を気にして知恵ちゃんが選んだものです。
「かわいい!ちーちゃん。ありがとう!」
「うん……」
「どうやって時間をあわせるの?」
亜理紗ちゃんは部屋の掛け時計を見て、腕時計の針の動かし方を尋ねます。知恵ちゃんが亜理紗ちゃんの手元をのぞき込むと、お風呂で温まった亜理紗ちゃんの体温が伝わりました。
「……どうしたの?ちーちゃん」
「……」
知恵ちゃんは亜理紗ちゃんから腕時計を受け取ると、横側についているつまみを動かして時間を合わせ、腕時計を亜理紗ちゃんの左手首へ巻きつけました。その時の知恵ちゃんの表情が少し曇っていて、それに気づいた亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの肩へ体を寄せました。すると、少し驚いたような様子を見せた後で、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの方を見ないまま小さく声を出しました。
「亜理紗ちゃん……」
「なに?」
「私ね」
太陽に雲がかかったようにして、急に窓の外が暗くなりました。右側の窓は薄く明るく、ベランダのある窓は夜のように黒く閉ざされました。時間をあわせて動かしたはずの腕時計も、今は秒針を止めています。
「私ね。亜理紗ちゃんと友達でいいのかな」
「なんで?」
「亜理紗ちゃんと似てないし……楽しくないかも」
亜理紗ちゃんが学校で友達と楽しそうに話しているのを見て、自分と亜理紗ちゃんの性格の違いを感じて、抱いていた不安を知恵ちゃんは口にしました。でも、亜理紗ちゃんは笑いながら気持ちを伝えました。
「でも、ちーちゃんはね。一番、解ってくれるから好き」
「そうなの?」
「だから、ずっと一緒にいてね」
「……うん」
それから、2人はお互いに好きなもののお話をしました。どちらも全く違う趣味のお話しでしたが、いつまでも会話は終わりませんでした。幾ら時間が経ったでしょうか。いつしか、止まっていた時計は動き出していて、窓の外にも夕焼けが戻ってきています。そこへ、玄関からインターホンの音が聞こえてきました。
「……未来ちゃんたちだ。呼んでくるね」
「うん」
亜理紗ちゃんが玄関へ行き、友達の2人を連れてきました。それから間もなく、亜理紗ちゃんのお母さんも帰宅しました。みんなでケーキを食べたり、一緒に遊んだりしている間は亜理紗ちゃんが友達とお話をしていて、知恵ちゃんは頷いたりしてお話を聞いていました。でも、さみしそうな顔をせず、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんの誕生日をお祝いする事ができました。
「お母さんは未来ちゃんと静江ちゃんを送ってくるね」
「うん。未来ちゃん。静江ちゃん。またね」
亜理紗ちゃんのお母さんが未来ちゃんと静江ちゃんを家まで送って行き、亜理紗ちゃんはお父さんが帰ってくるまでお留守番です。それから数分して、知恵ちゃんのお母さんも知恵ちゃんを迎えに来ました。
「じゃあ、私も帰るね」
「うん。あっ、ちーちゃん」
「……?」
亜理紗ちゃんは貰った腕時計を知恵ちゃんに見せ、珍しく恥ずかしそうに声をひそめて言いました。
「明日からも、よろしくね……」
「……うん」
同じ月の下旬には知恵ちゃんの誕生日があります。お互いのことを解っているのか自信がなくて、亜理紗ちゃんも知恵ちゃんと同じことを考えていました。その日の夜、知恵ちゃんは亜理紗ちゃんが喜んでくれたのかを、亜理紗ちゃんは知恵ちゃんが喜んでくれるのかを考えつつ、2人とも答えの出ない問題を抱えながら布団に入っていました。
その10へ続く






