その43の3『夜明けの話』
釣りエサのゴカイを自動販売機で買って、知恵ちゃんたちも車で海へと向かいます。まだまだ太陽は見えておらず、海も車のライトが届かない場所は真っ黒です。車は、たくさん船が止まっている場所から離れて、テトラポットが積んである近くに停止します。
「知恵。イス持ってきて」
知恵ちゃんは折りたたみ式の小さなイスと、朝ご飯が入ったビニール袋を持ってお父さんのあとについていきます。車は海から少し離して停めてあり、防波堤の入り口付近に亜理紗ちゃんと亜理紗ちゃんのお父さんもいました。
「ちーちゃん。こっち」
亜理紗ちゃんもレジャー用の小さなイスに座っていて、その隣に知恵ちゃんもイスを広げて腰掛けます。海に落ちないよう、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんはお父さんたちより少し海から離れた場所で夜明けを待ちます。亜理紗ちゃんのお父さんもカメラを持ってきており、それは知恵ちゃんの持っている物に比べると黒くて本格的なものです。
「釣り竿、もう1本ありますけど、やりますか?」
「いいんですか?」
「ええ」
知恵ちゃんのお父さんは釣り針に虫をつけて、それを海に投げ込みます。釣り竿をホルダーに固定させ、亜理紗ちゃんのお父さんへと貸し出す2本目の釣り竿を用意しに立ちました。電池式のカンテラの光を頼りにして、亜理紗ちゃんは釣りエサの入っているプラスチックのパックをのぞいています。
「……なんかいるの?」
「ゴカイかな。魚が食べるんだよ」
亜理紗ちゃんのお父さんがパックを持ち上げ、亜理紗ちゃんと一緒に釣りエサのゴカイをのぞきます。ゴカイは短い足があるミミズのような生き物で、プラスチックの入れ物に砂交じりで入れてあります。その虫の姿が少し怖かったのか、亜理紗ちゃんは逃げるようにして知恵ちゃんの横のイスに戻ってきました。
「ちーちゃん。なに買ったの?」
「ツナマヨ」
おしぼりで手をふいてから、知恵ちゃんと亜理紗ちゃんは朝ご飯を食べ始めました。お父さんたちは海に揺られている釣り竿の糸をながめながら、何かが針にかかるのを雑談ながらに待っています。通りすがりのお爺さんがお父さんたちの横にあるバケツをのぞき、どのようなお魚が釣れるのかなどを教えてくれます。
「まだ釣れてないの?俺は先週、イカ釣れたよ」
「いいですね。釣りたいなぁ。アジもいます?」
「アジもいるだろうな」
おじいさんは知恵ちゃんのお父さんとの会話を終えると、近くにある自分の釣り竿の前に戻っていきます。ごはんを食べ終えた知恵ちゃんは、おにぎりのビニールなどまとめてカバンに入れ、代わりにデジタルカメラを取り出します。電源を入れてみたところ、カメラの画面には以前に撮った写真が表示されました。
「ちーちゃん。それ、なんの写真?」
「なんだろう」
写真には白くてぼやけたものが写っていますが、それがなんなのかは知恵ちゃんにも解りません。1つ前に撮られた写真へとさかのぼり、たんぽぽの茎や葉が写っている写真を見つけました。
「たんぽぽの綿毛だった」
「いつの?」
「1年くらい前」
写真の1枚1枚には、撮った日付と時間が表示されています。たんぽぽの写真を撮ったのは、知恵ちゃんではありませんでした。写真を次へ次へと送っていきます。次は、ひまわりの写真が、カメラの光る画面に出てきます。それも知恵ちゃんは撮った覚えのないもので、でも撮られた場所は家の近くだと解りました。
「引いてます?」
「何かかかってますね」
亜理紗ちゃんのお父さんが釣り竿の1本を指さして、糸の動きの不自然さを指摘します。お魚か食いついたのか、知恵ちゃんのお父さんは釣り竿を持ち上げて確かめてみます。
「何がかかりましたか?」
「これは……ええと」
「……」
「地球がかかりました。引き上げできません……」
針が流されて、海の中の岩場に引っかかっていました。何度も強引に引っ張り、知恵ちゃんのお父さんは針にかかっていた地球をばらしました。
その43の4へ続く






