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その8の2『風邪の話』

 気がつくと、知恵ちゃんは知らない場所に寝転んでいました。空は青一色で、太陽も雲もありません。地面には灰のようにサラサラとした砂が積もっていて、その感触が知恵ちゃんの背中には軽く伝わっています。

 知恵ちゃんは不思議そうに左右をながめてから、ゆっくりと上半身を起こしました。服はパジャマのままで、靴もはいてはいません。でも、砂の上には大きな石もなく、柔らかな質感が足の裏をなでています。

 砂でできた道の外にはススキに似た背の高い植物が生えていて、その先に何があるのか知恵ちゃんの背丈ではうかがい知れません。ただし、植物が切り開かれている道の先、はるか遠くに大きな木が見えています。行くあてもない為、知恵ちゃんは大きな木を目指して歩き始めました。

 木を目指して歩いている内、知恵ちゃんは自分が夢を見ている訳ではないと気づきます。夢と現実を見分ける方法は、自分の感情を押しとどめられるかどうかです。これが夢であれば知恵ちゃんは自分の意思を理解する余裕すらないでしょう。でも、今の知恵ちゃんは好きな時に座り込んだり、立ち止まって後ろを振り返ることができました。

 黙々と、紆余曲折もなく道を進みます。しかし、行けども行けども周りには同じような草が生えているばかりで、花の一つも見当たりません。目につく物の一つもなく、知恵ちゃんは目的地である木が生えた場所まで、あと半分というところまでやって来ました。

 それから15分ほど歩いた頃でしょうか。知恵ちゃんは疲れた訳でもなく立ち止まり、道の端っこに座り込んでしまいました。これが夢でないのならば、いつものように時間が経てば家に帰っているだろうと考えたのです。その予想通り、空の色は次第に白みを増し、それにつれて遠くにあった木は近づいているように知恵ちゃんは思いました。

 時間を忘れて、ふと瞳を閉じてみます。風の音が聞こえます。それを受けて、葉が擦れて音を立てます。不規則なリズムです。ただし、その音の一つが、知恵ちゃんの耳に残りました。何の音でしょうか。この音が鳴ったら、次は、この音。知恵ちゃんは自然と音の流れを探していました。

 次は、この音。次は、この音があると良い。それは知恵ちゃんが寝る前にお父さんと見ていたテレビで、人気の歌手が歌っていたメロディです。それに気づいた瞬間、まるで植物が歌っているように知恵ちゃんは感じました。

 瞳を開きます。すると、今まで鳴っていたメロディは音を潜め、ばらけた音の集合体となりました。気づくと、遠くにあった木は歩いて数分の距離まで近づいています。元の世界へ戻る前に、知恵ちゃんは背の高い植物の向こうに何があるのか、それを確かめてみたいと思いました。


 「……」


 立ち上がって、優しく草をかきわけると、その先には同じような草が立ち並んでいました。そこから更に腕を伸ばします。くすぐるような葉の柔らかさの中、何か黄金に輝くものが見えました。あと少し。そこまで来たところで、奥に何があったのか確認することができず、知恵ちゃんは白い光に体を包まれました。

 新しい朝の光がカーテンのすそをくぐって、知恵ちゃんの手を温めます。薄明るい部屋の中、知恵ちゃんは自分の部屋へと戻ってきていることを知りました。


 「今日も亜理紗ちゃん休みだから、先に行ってちょうだいって」

 「うん」


 バタートースト、ベーコンエッグ、レタスのサラダ。朝食を食べていると、知恵ちゃんのお母さんが亜理紗ちゃんの欠席を伝えてくれました。知恵ちゃんは残念そうな顔をしていましたが、その日は普段より10分だけ早く家を出て、一人で学校へと向かいました。亜理紗ちゃんの知らない面白い物を見つけてあげよう。知恵ちゃんは、いつもよりも少し目線を上げて道を歩きました。

  

                                    その9へ続く

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