表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/367

その38の4『水槽の話』

 壁や窓、屋根に当たる雨音を聞きながら、知恵ちゃんは自分の部屋へと戻りました。まだ夜まで時間はあるのですが、もう足元が見えないくらい外は暗くなっていて、知恵ちゃんは部屋の電気をつけました。室内の照明をつけると、窓に光が反射して外が見えません。そこで、知恵ちゃんは閉じたカーテンの隙間から家の前の様子をながめました。


 空から落ちる雨粒は尾を引いて道路を叩き、パチパチと音を立てています。遠くの車道に見える信号機の光が淡くぼやけ、薄暗い景色の中で赤や青のライトを揺らしています。時々、通りかかった車のヘッドライトが雨に乱反射し、窓の外に細やかな光が散りばめられます。


 「……」


 隣の家の車庫から亜理紗ちゃんのお母さんが出てきて、シャッターを閉めると玄関へと走っていきました。雨の水は降っても降っても側溝へと流れていき、まだまだ道路が水浸しになる気配はありません。知恵ちゃんは少し眠そうに頬杖をついたまま、ベッドの上から雨の経過を見守っています。


 雨水が屋根から流れ落ち、たまに窓ガラスに当たって弾けます。風が強くなってきたようで、雨に塗れた窓はすりガラスのように景色を隠します。ふと、知恵ちゃんは目の前で何か、大きなものが動いたのを感じ、半分しか開いていない目を上に向けました。


 「……あ」


 窓の外には不自然に雨水が集まっていて、その水のカタマリの中を何かが泳いでいます。ガラスについている曇りを手でぬぐい取ると、知恵ちゃんはヒザを立てて背中をのばし、泳いでいるものの姿をうかがいました。


 「……」


 それはお魚のような姿をしていますが、体の表面には骨のような外殻がついています。体を左右に揺らして尾を振ると、その生き物は雨の中を泳いで姿を消していきました。そのお魚を追って、今度は小さな魚の群れが窓の外を通り、その半透明な肌に部屋の光を受けて輝きました。まるで豆電球が泳いでいるような光景を見て、知恵ちゃんは雨の奥へと視線を向けていました。


 車が道を通り過ぎていきます。その走行音を聞いて、小さなお魚の群れはバラバラに逃げていきました。また何か泳いで来ないかと、知恵ちゃんは窓の外にある水の中を見つめます。お魚ではなく、たまに金色の小さな石や、虹色の植物が流されていきます。もう少し姿勢をのばして、知恵ちゃんは窓におでこをくっつけました。


 「……?」


 雨雲の向こうから届いていた弱い光が消え、外が一気に暗さを増します。どうしたのかと知恵ちゃんが顔を家の上に向けると、そこにはクジラのような大きなお魚が浮かんでいました。おごそかに、優雅にヒレを動かし、それは重そうな動きで空を横切っていきます。クジラが知恵ちゃんの家の近くを通った瞬間、雨の勢いが一気に増して、窓の外にあった水のカタマリが吹き飛びました。


 「……あれ?」


 窓の外で起こった水のしぶきに驚いて、知恵ちゃんが瞳を閉じます。目を開いても雨は降り続いていますが、でももうお魚の姿は1つも見られません。道路には大量の雨粒が浮かんでは消えますが、まだまだ水が側溝からあふれる様子もありません。そこへ、黒い車が通りかかり、知恵ちゃんの家の前で停止しました。


 「お父さんだ」


 無事、家の前の道路が洪水になるより早く、知恵ちゃんのお父さんが帰宅しました。お父さんのお迎えする為、知恵ちゃんはカーテンを閉めて部屋の電気を消すと、急いで部屋から出ていきました。


                                  その39へ続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ